対米全面テロ

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云うは易く・・・

投稿者: pyu_pyu_kitakaze 投稿日時: 2005/04/07 23:00 投稿番号: [173235 / 177456]
(抜き書き)
〜熟練仕事というのは、熟練して腕を上げることが自己実現になる。誰かと競争するのではなく、おのれを磨くことが自己実現になる。しかし、現在では、熟練仕事がほとんどなくなり、マニュアル化された仕事が仕事の大部分を占めるようになっている。そうすると、仕事での自己実現は、どれだけ稼いだかというような勝敗として目に見えるようなものに偏ってきそうな気がする。

「消費での自己実現」というのも、どれだけブランド品で身を固めるかというような勝負のようにも見える。このような勝負は、ごく少数のものだけが勝利の感覚を味わえるだけで、大部分のものは、そこから疎外されているように感じるだろう。そうなると次のような感覚が社会に蔓延してくる。

「でも社会が成熟化すると、「仕事での自己実現」か「消費での自己実現」以外の生き方が存在しない社会システムを、実りがないと感じて退却する者たちも出てきます。全てがつまらないという感受性が拡がり、社会に抑鬱的気分が蔓延することになります。それが今直面している状況です。」

このような気分が、内田樹さんが「希望格差社会」の中で紹介している、希望というものに格差が付くような状況を生んでいるのではないかと感じる。ほとんどの人が希望を抱くことが出来た、かつての昭和40年代をよみがえらせることは出来ないのだろうか。昔を懐かしむのではなく、新しい時代の希望を見出す道というのはないのだろうか。宮台氏は、次のようにも語っている。

「ではどうすればいいか。「仕事での自己実現」からも「消費での自己実現」からも降りて、「仕事外での非消費主義的な自己実現」を目指すことです。昨今の「勝ち組・負け組」という言葉が象徴するのは、自己実現が「仕事での自己実現」か「消費での自己実現」しかあり得ないという思い込みです。まず、この思い込みを解除することが必要です。
  でも、それだけじゃ足りない。「仕事外での非消費主義的な自己実現」を可能にするのは、「役割とマニュアル」ならぬ「善意と自発性」が原理となる生活世界でのコミュニケーションや関係性です。そういう生活世界が現に存在しないとどうにもなりません。先の言い方では「座席を増やす」ことが必要なのです。」

「「善意と自発性」が原理となる生活世界」というのが、まさに昭和40年代を思わせる世界ではないかと思う。「南欧発のスローフードやスローライフの運動は、「仕事外での非消費主義的な自己実現」の基盤である生活世界を、護持することが目的」だとも語っている。現代という時代に合わせた世界の構築の可能性も語っている。あの時代の匂いを知っている人間として、なんとかそのような世界の再構築に寄与したいものだと思う。

「「仕事での自己実現」や「消費での自己実現」から降りるのは、恥ずかしくも何ともない実に賢明な選択です。でも、そのためには、「ウマク生きること」ではなく「マトモに生きること」が評価されるような、感情的安全の保証された非流動的な生活世界を護持することが大切です。もともと「右」や「保守」とはそういう立場を指していたはずです。」

とも宮台氏は語っている。「「ウマク生きること」ではなく「マトモに生きること」が評価されるような」世界こそが、「泣いてたまるか」が描く昭和40年代の世界のような気がする。このような世界を構築することが、また一つの自己実現であるような流れが起きないものだろうか。
(以下略)

数学屋のメガネ
自己実現の可能性にあふれていた時代
http://blog.livedoor.jp/khideaki/archives/17538295.html
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