プーチンの報道管制_奇妙な情報
投稿者: pyu_pyu_kitakaze 投稿日時: 2004/09/07 22:17 投稿番号: [171475 / 177456]
ロシアノインターネット新聞、grani.ruの紹介するロシア側報道によると、ベスラン第一中学付近で生きて拘束され、テレビ画面にも紹介されたテロリストは、「ガゼータ」
http://www.gzt.ru/headline.gzt?id=64050700000028108
によればチェチェン、ノジャイユルト地区エンゲノイ村出身24歳のヌル-パシ・クラーエフで、シャミル・バサーエフのボディーガードであるという。同村出身者は4人が加わり、その中にはヌル-パシの兄で31歳のハン-パシも含まれていたが、彼は3日の突入時に射殺された。また人質たちが憎しみをこめて証言するところでは、改宗名アブドゥッラを持つオセット人アナトリー・ホードフがいた。
公式発表とは異なって、人質たちは占拠グループが50人以上いたと証言している。ところでロシア最高検察庁次長セルゲイ・フリディンスキーが発表した数字では32名、死体30を確認済みとしている。彼によれば一味には自爆したと思われる女性2名が含まれる。一味の構成は、チェチェン人、イングーシ人、カザフ人、アラブ人、スラブ系(注:ロシア人、ベラルーシ、ウクライナ人を指す)だった。しかしコメルサント紙は、2日に校内に入って占拠グループと接触したイングーシ前大統領ルスラン・アウーシェフの多数の人々の前で語った言葉、「中に我々の(同胞イングーシ人)はいなかった。」またラジオ放送「モスクワのこだま」は、マスハードフの特別代表アフメド・ザカーエフが、同じくアウーシェフから聞き出した言葉「テロリストの中にチェチェン人はいなかった」を紹介している。
「コメルサント」によれば生存者として捉えられたのは1名のみ、3日以降15名以上のよそ者が容疑者として拘束されたが、後に嫌疑無しとして釈放されている。「ガゼータ」の作戦本部内の情報源は、男女2名づつ計4名が逃亡した可能性があるとしている。というのも人質の証言では、爆発が起こる直前に占拠グループの一部が人質の着衣、トレーナーや白衣を奪って着替えたりしたというからだ。
以下 略
ところが、ロシアのサイトは多くの疑問を投げかけている。このただ一人生き残ったクラーエフの自供を聞いて仰天したのは、カディロフ派のOMON(民警特別部隊)だ。「ブレーミャー・ノヴォスチ」がチェチェンOMON副司令官ブワディ・ダハーエフのコメントとして伝えるところによれば、「クラーエフは、チェチェンで逮捕され、服役している筈であり、何故ベスランで悪事がしでかせるのか?!」エンゲノイ村の住民たちもクラーエフ兄弟はならずものだが、とっくの昔に逮捕されている。刑務所に拘留されてるはずだ。
一方、ベスランでヌル-パシ・クラーエフはこう自白している。「マスハードフとバサーエフからわれわれは、こう命令されました。ベスランの学校を襲撃しろと。我々のグループには色んな民族のもがいました。ウズベク、アラブ、それに何人かのチェチェン人です。「大佐」に聞きました・何で、どういう目的でやるのかと。「大佐」は、戦争を全コーカサスに広げるためだと・・・
http://www.grani.ru/War/Chechnya/
の幾つかの記事から構成
Chechen Watch:標準の掲示板 : 疑惑の数々が浮上中 ベスラン事件
http://groups.msn.com/ChechenWatch/general.msnw?action=get_message&mview=0&ID_Message=1436&LastModified=4675488077931887731
____________________
・・・たった一人生き残って、捕らえられたとされる、テロリスト「ヌル-パシ・クラーエフ」って、誰だ?
(それにしてもキリル文字は読めん!)
http://www.gzt.ru/headline.gzt?id=64050700000028108
によればチェチェン、ノジャイユルト地区エンゲノイ村出身24歳のヌル-パシ・クラーエフで、シャミル・バサーエフのボディーガードであるという。同村出身者は4人が加わり、その中にはヌル-パシの兄で31歳のハン-パシも含まれていたが、彼は3日の突入時に射殺された。また人質たちが憎しみをこめて証言するところでは、改宗名アブドゥッラを持つオセット人アナトリー・ホードフがいた。
公式発表とは異なって、人質たちは占拠グループが50人以上いたと証言している。ところでロシア最高検察庁次長セルゲイ・フリディンスキーが発表した数字では32名、死体30を確認済みとしている。彼によれば一味には自爆したと思われる女性2名が含まれる。一味の構成は、チェチェン人、イングーシ人、カザフ人、アラブ人、スラブ系(注:ロシア人、ベラルーシ、ウクライナ人を指す)だった。しかしコメルサント紙は、2日に校内に入って占拠グループと接触したイングーシ前大統領ルスラン・アウーシェフの多数の人々の前で語った言葉、「中に我々の(同胞イングーシ人)はいなかった。」またラジオ放送「モスクワのこだま」は、マスハードフの特別代表アフメド・ザカーエフが、同じくアウーシェフから聞き出した言葉「テロリストの中にチェチェン人はいなかった」を紹介している。
「コメルサント」によれば生存者として捉えられたのは1名のみ、3日以降15名以上のよそ者が容疑者として拘束されたが、後に嫌疑無しとして釈放されている。「ガゼータ」の作戦本部内の情報源は、男女2名づつ計4名が逃亡した可能性があるとしている。というのも人質の証言では、爆発が起こる直前に占拠グループの一部が人質の着衣、トレーナーや白衣を奪って着替えたりしたというからだ。
以下 略
ところが、ロシアのサイトは多くの疑問を投げかけている。このただ一人生き残ったクラーエフの自供を聞いて仰天したのは、カディロフ派のOMON(民警特別部隊)だ。「ブレーミャー・ノヴォスチ」がチェチェンOMON副司令官ブワディ・ダハーエフのコメントとして伝えるところによれば、「クラーエフは、チェチェンで逮捕され、服役している筈であり、何故ベスランで悪事がしでかせるのか?!」エンゲノイ村の住民たちもクラーエフ兄弟はならずものだが、とっくの昔に逮捕されている。刑務所に拘留されてるはずだ。
一方、ベスランでヌル-パシ・クラーエフはこう自白している。「マスハードフとバサーエフからわれわれは、こう命令されました。ベスランの学校を襲撃しろと。我々のグループには色んな民族のもがいました。ウズベク、アラブ、それに何人かのチェチェン人です。「大佐」に聞きました・何で、どういう目的でやるのかと。「大佐」は、戦争を全コーカサスに広げるためだと・・・
http://www.grani.ru/War/Chechnya/
の幾つかの記事から構成
Chechen Watch:標準の掲示板 : 疑惑の数々が浮上中 ベスラン事件
http://groups.msn.com/ChechenWatch/general.msnw?action=get_message&mview=0&ID_Message=1436&LastModified=4675488077931887731
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・・・たった一人生き残って、捕らえられたとされる、テロリスト「ヌル-パシ・クラーエフ」って、誰だ?
(それにしてもキリル文字は読めん!)
これは メッセージ 171464 (pyu_pyu_kitakaze さん)への返信です.
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