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数の暴力

投稿者: katakurichan2 投稿日時: 2004/05/24 04:10 投稿番号: [170654 / 177456]
1ヶ月も前の話にレスをして申し訳ありませんが、ぴたさん個人へのレスというわけではありません。(ので、あまり気にしないでください)



>結局のところ数の暴力で決まるんじゃないっすか?
>どの平和が都合の良い人が1番多いか、とか。



多数決で物事が決まってしまうこともあるわけですが、しかし、それが、そのまま民主主義なのかというと、やっぱ違うような気がします。なかなか自分で説明できないなーと思って、ムズムズしていたのですが。
「法学教室」(有斐閣刊)の5月号に、東京大学教授の長谷部恭男氏が「多数決の根拠とその限界」という話を書かれていまして、「多数決による決定方法の正当性には、こんな根拠がある」ということと、一方で、「多数決による決定方法には限界がある」ということのようです。


多数決で物事を決めることは、一定の正当性があるとは思いますが、けれど、それが「数の暴力」と言われることもあるように、数の論理というものが、「暴力的」だという印象がもたれる場合もあるわけで、それは結局、数字「だけ」で決まってしまうということがあるからかも・・・と思ったりします。


「法学教室」に書かれている話で、例えば、コンドルセの定理っていうのが紹介されています。2つの選択肢のうち、投票する人が正しい選択肢を選ぶ確率が2分の1以上で、投票に参加する人が互いに独立して自分の考えで投票するという条件が整っていると、単純多数決で正しい答えが選ばれる確率は高くなるそうです。
ところが、その条件が整わない場合、つまり、人々が正しい選択をする確率が2分の1以下で、自分の考えで投票しない人が多くなれば、投票に参加する人が多くなればなるほど、間違った答えが選ばれる確率が高くなります。でもって、そもそも「正しい答え」とは何ぞや?という話も出てきます。


私たちの、例えば、政治家を選ぶ際の投票行動ですが、投票時に正しい情報を与えられているのかどうか?   また、周囲の状況に引きづられることなく、必ず自分の考えで投票できているのかどうか?・・・ということを考えると。問題ないとは言えない気がします。



えーと、つまり、私が言いたいことは。
多数決で決まったからといって、それが必ず正しいとは限らない。正当性が無いとは言えないけれど、当然、限界もある。だから、多数決で決まった「事」・「人」だからと言って、盲目的に信用すべきではないし、絶対服従しなけりゃならないこともない。


いくら支持率の高い政治家だって、人殺しに加担してはダメです。
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