>そういう思いで彼らを見たくない
投稿者: katakurichan2 投稿日時: 2004/03/01 21:58 投稿番号: [164160 / 177456]
>このまま反対と言い続けている事は構わないのですが、
>それでは今イラクで働いてる自衛隊の人達の活動も否定してしまう気がするのです。
>国の間違った政策のためにイラクで働かざるを得ない・・
>そういう思いで彼らを見たくない。
ちょっと話は戻りまして、一つの例ですが、、、前に、不審船と日本の巡視船との間で銃撃戦になったという事件がありました。
http://www.mainichi.co.jp/eye/feature/fushinsen/200112/24-7.html
撃沈なのか自沈なのか、実際のところはわかりませんが、日本側も2人が負傷、不審船側も全員が行方不明・死亡と報道されました。それで、(この事件の当事者は自衛隊ではなくて海保でしたが、)この事件のことについて、福田和也という人が「よくぞ殺した」という発言をしていたんですね。国を守るために、敵を「よくぞ殺した」と。この人の考え方には、私は同意できませんが、しかし、言っていることには矛盾がないんです。国を守るために相手を殺す必要があったのだから、「よくぞ殺した」と、国民は、その活動を褒めなきゃいけないというようなことを言っていました。
この事件のことについては、私自身は未だに考えがまとまらなくて、「日本の巡視船の人が死ななくて本当によかった」とも思いますが、しかし一方で、相手側の人間が(「人間」ですからね)、死んでよかったとは思えない、でも、銃撃戦になってしまった、それこそ「仕方がなかった」んだと言うしかないのかもしれない・・・
ただ、考えはまとまらなくても、国土を守るということは、本当に「いざとなったら相手を殺してでも」という現実は現実として認識する必要があると思っているわけです。
で、武器弾薬を使って身を守るということは、ごく当たり前に考えれば、「いざとなったら、相手を殺す」んです。軍隊というのは、そういうものですよね。
(陸自第2陣、イラク入り前に実弾7700発の射撃訓練)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040226-00000204-yom-int
「自衛隊の活動を否定したくない」「そういう思いで彼らを見たくない」という気持ちがあったとしても、しかし、考えたくないことは考えなくてもいいのかっていうと、私は、そうは思えないので、反対だと言い続けるわけです。
ここのところ「殺されれるかもしれない、殺されないことを祈りたい」という話が多いようですが(お邪魔女さんだけのことではありません)、「殺すかもしれない、殺さないことを祈る」ということは、考えなくてもいいのか。もし、自衛隊に反感を持ったり、活動を邪魔するような輩が現れたら、それは殺す「べき」? 首尾よく殺すことができたら「よくぞ殺した」と褒めてあげる「べき」?
自衛隊の活動を否定したくないということは、そういうこともひっくるめて、否定したくないという話なのか。・・・そう考えざるをえませんよね。
私は、自衛隊の人が殺されていいとは思わないし、死んでほしくはない。同時に、決して、誰かを殺すような事態になってほしくない。軍隊とはそういうものだと言われるならば、「だったら軍隊の活動を、人道支援の為などとは絶対に思えない」と言います。何もしなくていいとは思わないけれど、自衛隊が行くことを「否定したくない」とは、どうしても思えないのです。
>しかし、ここで一気に日本が軍事国家の道に行くとは思わない。
>皆考えている。
>これも楽観的ですか?
私には、他人の内面についても、未来のことについても、断言できるだけの根拠を持ち合わせてはいません。
どんなことでも、やり直せることならば勇気を持ってやってもいいと思いますが、失われた命を元に戻すことは不可能ですから、こういうことについては、できる限りのリスクヘッジをしておきたいと考えているだけです。彼らの活動を否定したくないという個人的な気持ちと、反対すべきだという理屈は、別のものだと思います。
>それでは今イラクで働いてる自衛隊の人達の活動も否定してしまう気がするのです。
>国の間違った政策のためにイラクで働かざるを得ない・・
>そういう思いで彼らを見たくない。
ちょっと話は戻りまして、一つの例ですが、、、前に、不審船と日本の巡視船との間で銃撃戦になったという事件がありました。
http://www.mainichi.co.jp/eye/feature/fushinsen/200112/24-7.html
撃沈なのか自沈なのか、実際のところはわかりませんが、日本側も2人が負傷、不審船側も全員が行方不明・死亡と報道されました。それで、(この事件の当事者は自衛隊ではなくて海保でしたが、)この事件のことについて、福田和也という人が「よくぞ殺した」という発言をしていたんですね。国を守るために、敵を「よくぞ殺した」と。この人の考え方には、私は同意できませんが、しかし、言っていることには矛盾がないんです。国を守るために相手を殺す必要があったのだから、「よくぞ殺した」と、国民は、その活動を褒めなきゃいけないというようなことを言っていました。
この事件のことについては、私自身は未だに考えがまとまらなくて、「日本の巡視船の人が死ななくて本当によかった」とも思いますが、しかし一方で、相手側の人間が(「人間」ですからね)、死んでよかったとは思えない、でも、銃撃戦になってしまった、それこそ「仕方がなかった」んだと言うしかないのかもしれない・・・
ただ、考えはまとまらなくても、国土を守るということは、本当に「いざとなったら相手を殺してでも」という現実は現実として認識する必要があると思っているわけです。
で、武器弾薬を使って身を守るということは、ごく当たり前に考えれば、「いざとなったら、相手を殺す」んです。軍隊というのは、そういうものですよね。
(陸自第2陣、イラク入り前に実弾7700発の射撃訓練)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040226-00000204-yom-int
「自衛隊の活動を否定したくない」「そういう思いで彼らを見たくない」という気持ちがあったとしても、しかし、考えたくないことは考えなくてもいいのかっていうと、私は、そうは思えないので、反対だと言い続けるわけです。
ここのところ「殺されれるかもしれない、殺されないことを祈りたい」という話が多いようですが(お邪魔女さんだけのことではありません)、「殺すかもしれない、殺さないことを祈る」ということは、考えなくてもいいのか。もし、自衛隊に反感を持ったり、活動を邪魔するような輩が現れたら、それは殺す「べき」? 首尾よく殺すことができたら「よくぞ殺した」と褒めてあげる「べき」?
自衛隊の活動を否定したくないということは、そういうこともひっくるめて、否定したくないという話なのか。・・・そう考えざるをえませんよね。
私は、自衛隊の人が殺されていいとは思わないし、死んでほしくはない。同時に、決して、誰かを殺すような事態になってほしくない。軍隊とはそういうものだと言われるならば、「だったら軍隊の活動を、人道支援の為などとは絶対に思えない」と言います。何もしなくていいとは思わないけれど、自衛隊が行くことを「否定したくない」とは、どうしても思えないのです。
>しかし、ここで一気に日本が軍事国家の道に行くとは思わない。
>皆考えている。
>これも楽観的ですか?
私には、他人の内面についても、未来のことについても、断言できるだけの根拠を持ち合わせてはいません。
どんなことでも、やり直せることならば勇気を持ってやってもいいと思いますが、失われた命を元に戻すことは不可能ですから、こういうことについては、できる限りのリスクヘッジをしておきたいと考えているだけです。彼らの活動を否定したくないという個人的な気持ちと、反対すべきだという理屈は、別のものだと思います。
これは メッセージ 163864 (ojyamajyoyo さん)への返信です.
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