イラクvs日本親善試合の意義
投稿者: iugkjuhiuo 投稿日時: 2004/02/12 18:53 投稿番号: [162964 / 177456]
CPA連合国暫定当局の暫定統治は今年6月30日で終了し、雨が降ろうがヤリが降ろうがはたまた太陽が西から昇ろうが、統治権は新生イラク政府に移譲される。もっとも米軍を初めとする連合軍のイラク駐留は続くことになるが。
ナチスドイツや大日本帝国が敗戦後に内乱に陥らなかったのは、両国の国民が大規模な戦闘による決定的な敗北を経験し、この経験によって全国民が敗戦をココロから納得したからであると言われている。このことに対してイラクの現状をみた場合は、全ての国民が戦争に参加したわけではなくまた全ての国民が戦争を実感したわけではない。サダム政権転覆のみがイラク戦争の実態であったのだ。イラク戦争とドイツや日本の戦争はこの点において根本的に異なる。この違いが日独が米軍の戦後統治をすんなりと受け入れたのに対して、イラク人が米軍の占領を嫌うひとつの要因になっているのだという。
客観的に見た場合、イラクのシーア派とクルド人を合わせれば人口の85%を占め、どうみてもサダム政権下で権力を掌握していたスンニ派は分が悪い。一昨日・昨日と続いた新国家権力の象徴であるイラク警察などに対するテロはますます激化していくかもしれない。
しかしながらこのような内乱の激化とは別に、新たな市民社会が芽生えつつあるのも事実である。アテネオリンピックへの参加やサッカーナショナルチームの国際試合などがその象徴となる。
(使用テキストはニューズウィーク日本版今週号)
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