対米全面テロ

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イラクにいる米兵のみなさんへ・・・

投稿者: yumeneko2000 投稿日時: 2003/11/21 13:31 投稿番号: [160806 / 177456]
    スタン・ゴフ(退役軍人兵士)

私が聞かされていなかったのは、1970年にベトナムに行く前に、米軍は村々を焼き払い、家畜を殺し、農地と森林に毒をばらまき、スポーツとして民間人を殺し、村全体を爆撃し、拷問と虐殺を犯し、そして、それに悲しみ怒りを抱いていた人々は、私のようにベトナムに着いたばかりの人間と、そうしたことをベトナムの人々に加えた人々とを区別していないということだった。

みんなが聞かされていないのは、1991年から2003年のあいだに、150万人のイラク人が、栄養失調や医療欠如、劣悪な衛生状態により死亡したことである。死者のうち50万人以上は、最も弱い人々、すなわち子供、特にとても小さな子供たちであった。

今イラクにいる私の息子には赤ん坊が生まれた。私たちはできるだけ孫に会いに行っている。彼は今11カ月。みんなの多くが子供を持っているだろう。だから、子供を愛することがどんなことか、そして子供に何か起きたら世界全体が崩壊するように感じるまで子供を愛すことがどういうことかわかるだろう。イラクの人々も、自分たちの子供について同じように思っている。そして、イラクの人々は、50万人の子供たちの死に大きな責任を負っているのが米国だということを忘れないだろう。

解放者として歓迎されるだろうなどという嘘はまさに嘘である。嘘。この忌まわしい行為のために米国の人々に財布を開かせる嘘、みんなを戦いに投げ込むための嘘。

そしてこの視点を考慮するならば、もしあなたがイラク人だったらば、恐らく米兵が自分の町や都市を占領することを歓迎しないだろうことがわかるだろう。私もベトナムでこの厳しい現実に直面した。ベトナムにいたとき、もし私がベトナム人だったら、ベトコンに参加していただろうと私は思った。

けれども我々はベトナムにいた。他人の国に命令で赴き、人々も、その言葉も、文化も知らず、我々の指導者と呼ばれる奴らが派遣のための訓練と準備期間そしてそこに到着してからも我々に吹き込んだデタラメを頭一杯に詰め込んで、占領者の役割を果たすために。我々はそこにいた。支配するよう命ぜられた人々に面と向かい、そしてその誰もが、夜になれば我々に迫撃砲やAKを撃ってくるような状態で。我々がした質問は、誰が我々をこんな立場に投げ込んだのかというものだった。

我々は生き延びるために、そして彼ら彼女らは自分たちの威厳を犯し、財産を破壊し、罪のない人々を殺した侵略者を追い出すために、我々は、5000ドルのスーツに身を包み、ワシントンDCで笑いながらお互いの方を叩き、太ったクソ腹に一流の料理とキャビアを詰め込んだ者たちが下した決定により、戦いあうこととなった。

こうした奴らは我々を騙したのだ。誰もが騙される。みんなも知っているだろう。

我々はまだ、ワシントンDCにいる青白い顔をした石油に飢えた紳士然とした奴らを止める方法を見つけていない。そして、みんなは少し長くそこにいることになるように見える。だから、残りの話もしておきたい。

私はベトナムで変わったが、それも良い変化ではなかった。他人の苦痛を切望する状態に引き入れられた。「クソ宣教師」や臆病者と見なされないために、手出し無用のグループに属することとなった。ただしたいために誰かの家に火を付け、男も女も子供も何も考えずに殺せるように。ただそうできるからというだけで、生と死の力を握る人間に。

怒りが助けとなった。状況が状況だから、信じられない人間をすべて憎むのは簡単だ。見たことや自分の身に起きたこと、やってしまって取り返しがつかないことに怒りを覚えるのも。

   イラクにいる米兵への手紙をクリックしてね。
http://www.jca.apc.org/~kmasuoka/
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