対米全面テロ

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二分化

投稿者: katakurichan2 投稿日時: 2003/09/21 11:24 投稿番号: [159651 / 177456]
「フランス象徴派展」(2003年)という展覧会のカタログに、ジャン=ダヴィッド・ジュモー=ラフォン氏(監修の方らしい)の「魂の画家たち−−世紀末フランスの理想主義的象徴主義」という文章が載っていまして、読んでたら面白い部分があったので、ちょっと転記してみます。


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(アルベール・オーリエという批評家の評論を挙げ、それに続けて)
  考えることを自らに禁じることをせず、なおかつ芸術であることも放棄しない芸術に対して、同時代の明晰で公平な立場に立つ批評家が行った弁護は、あらゆる種類のイデオロギー上の偏見や操作や二元論を退けるための指針として役立つにちがいない。実際、あらゆる局面を見わたして、歴史的事実を把握するよりも、芸術の発展に関するある種の「近代的」な見方、それは一義的(今日この言葉はなんと古くさいことか)であるゆえに全体主義的なのだが、このような見方にぴったりと合う図式を、後験的に正当化しようとする立場の美術史があり、それが数十年前から象徴主義の流れを作為的に二つのグループに分けようとしてきた。すなわち、一方にはナビ派やポン=タヴァン派やその他の芸術家からなる「よい」象徴派がいて、彼らはいずれも純粋に装飾的なアプローチを重視し、造形的な問題と関係のない主題とか観念には見向きもしなかった、と見なされ、他方で「悪い」(「有害」とまでは言わないまでも)象徴派のもとには、魂の画家や薔薇十字展の画家、総じて言えば、「理想主義的な図像」を用いて、魂に対する省察や精神主義的な探求を行いながら作品を制作する芸術家がすべてここに集められた。
  実際には理想主義が多様な展開を見せ、様々な美学を生み出したことを否定できないとすれば、これらの傾向を恣意的に単純化したり、強引に対比するのは、今日からすると、いささか物事を簡略化しすぎているように思える。そもそも、このような図式化は、美術の歴史とは縁のない政治学のモデルを土台にしたものなのだ。

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  “このような図式化”っていうのは、政治の世界にはよくあるものなのね、なるほど、、、と思って、面白いと感じた次第です。何を今更って言われるかもしれませんが。
  もう2年近くたってしまいましたが、あのとき「我々の側につくのか、テロリストの側につくのか」って言葉を聞いて、カッチーンときたものでしたが、ああいう二者択一も、政治の世界での、わかりやすい“図式化”だったのかもしれない?とわかって、ムカつきもおさまりました。世の中には詩的真実とか美的真実とか、そういう言葉もあるように、政治家的真実っていうのもあるのでしょう、たぶん。(しかし、○○的真実っていうのは、結局、その世界に住んでるヒトにしかわかりません)
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