アントニー・サットン→新世界秩序の陰謀
投稿者: abcxyz_memo 投稿日時: 2003/06/19 06:40 投稿番号: [157650 / 177456]
アントニー・C・サットンが死亡したのは2002年6月17日である。
(2002・6・20、ヤフー・グループス、「アントニー・サットン博士がこの世から去った…」)
死因は衰弱ないし老衰のようである。
「2002年6月17日、自由を愛するアメリカ人・カナダ人・その他は一人の友人を失った。アントニー・サットン博士は自宅で衰弱し、亡くなった。彼の名前は、自由運動に携わる人々の間ですら、有名ではない。しかし有名になるべきである。」
(2002・6・19、ヘンリエッタ・ボウマン、「そして真実はあなたを自由にする」)
「アントニー・C・サットンは1925年ロンドンで生まれ、ロンドンとゴッティンゲンとカリフォルニアの大学で教育を受けた。1962年以降、アメリカ市民となり、戦争・革命・平和のためのフーバー研究所の研究員を1968年から1973年まで務め、そこで記念碑的な三巻の研究書、『西洋の科学技術とソビエトの経済開発』を書き上げた。」
「政府の腐敗と東部エスタブリッシュメントのエリートの反逆を言葉にまとめる彼の極めて細かい研究のために、サットン博士の学術的キャリアは潰された。彼は自分が調査し執筆して来た事についてアメリカ国民に真実をもたらす絶え間ない献身のために、しばしば迫害されたが、告訴された事は決して無かった。彼は世捨て人になったが、エスタブッリッシュメントへの攻撃は止めなかった。」
「アントニー・サットン博士は、ニュー・ワールド・オーダー(新世界秩序)の陰謀と連邦政府の腐敗を暴露する事に捧げたニュースレター、ザ・フェニックス・レターの発行者だった。国税庁は不法に且つ裁判所の命令なしにサットン博士を虐め、脅そうとした。ところが実際は、サットンは未納の税金は無かった。」
http://groups.yahoo.com/group/FixGov/message/4919
これは メッセージ 157649 (abcxyz_memo さん)への返信です.
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