>>有事関連法案 (とは関係ないが)
投稿者: theme_from_papillon 投稿日時: 2003/05/30 23:37 投稿番号: [157161 / 177456]
>>あなたも、りっぱな傍観者ですよ。
>うーん・・・・
すみません、何が愚かか、という話を書いたつもりなんですけど、
「誰が傍観者か?」という話になったんでしょうか?
私はイラク戦争の当事者だとは言いませんよ、当たり前ですが。
あなたの下記の発言を読んだら、「傍観者ではない」というのが「必死で止めようとしている人間」にも
掛かっていて、自分は「必死で止めようとしている人間」だとおっしゃっているかのような印象が
ありましたので・・・。大したことじゃないですが。
あなたの発言
「傍観者でない、被害の当事者にとって、また必死で止めようとしている人間の目にとって、
そういう行為は極めて「愚か」にうつりますよ。」
>>イラク戦争で、私が当事者と言ってるのは、利害が直接衝突すると考えていた米国政府とフセイン政権です。
>で、戦争の被害を受ける人間のことは、当事者としては認識されていないということでしょうかね。
誰が当事者かどうかは、問題にしている事柄やテーマによるでしょう。
私は争いを引き起こしている当事者について述べてるだけです。
もう一度読んでください。↓
>>争いというものは、傍観者からみれば愚かなものです。
>>しかし、当事者には避けられないと思える。
ついでに申しますが、イラク国民は戦争の被害というよりは、大多数は、むしろ喜んでいたように思えますが。
経済制裁で、この10年間に200万人も死んでる状況なら当然です。
その半分としても、破滅的な経済状況と恐怖政治を国民が望むはずがない。
そのような状況に終止符を打つために犠牲が出たのは残念ですが、湾岸戦争以前にフセインの野望の
ために50万人の兵士が死んでいます。
このとき既にイラクはとんでもない状況に陥っていたとみるべきでしょう。
>>それが、自分の価値観を阻害するとき、人は攻撃的にも
なるということです。
>しつこいようですが、単なる「争い」と、集団的に殺人を犯す行為である「戦争」とは別物です。
僕は「自分」という表現を使っていますが、何も個人に限ったことではありません。
個人も、自分が属する集団も問題にしている点においては同じことです。
集団同士の対立にも当てはまります。
>「攻撃的になる」ということと、実際に攻撃をして殺戮することとは別問題でしょう。
攻撃的にならずして、攻撃することはない。
罵るだけで、解決すればそれに越したことはない。
>>人間の本性は、概ねそれほど、お人よしにはできていないようです。
>「人間の本性」といいますが、すべての人間が同じ行動をとるわけではないです。
そうですね。だから、「概ね」と述べたのですが。
>人間は攻撃的になる=人間に戦争はつきもの=戦争肯定・・・とでもいう話でしょうか?
それは変ですよね。
最後の「戦争肯定」の「戦争」が抽象名詞のようなイメージですね。
そうだとしたら、風が吹けば桶屋が儲かる式の論理になりますよ。
止むをえない場合もあると言ってるだけですが。
>うーん・・・・
すみません、何が愚かか、という話を書いたつもりなんですけど、
「誰が傍観者か?」という話になったんでしょうか?
私はイラク戦争の当事者だとは言いませんよ、当たり前ですが。
あなたの下記の発言を読んだら、「傍観者ではない」というのが「必死で止めようとしている人間」にも
掛かっていて、自分は「必死で止めようとしている人間」だとおっしゃっているかのような印象が
ありましたので・・・。大したことじゃないですが。
あなたの発言
「傍観者でない、被害の当事者にとって、また必死で止めようとしている人間の目にとって、
そういう行為は極めて「愚か」にうつりますよ。」
>>イラク戦争で、私が当事者と言ってるのは、利害が直接衝突すると考えていた米国政府とフセイン政権です。
>で、戦争の被害を受ける人間のことは、当事者としては認識されていないということでしょうかね。
誰が当事者かどうかは、問題にしている事柄やテーマによるでしょう。
私は争いを引き起こしている当事者について述べてるだけです。
もう一度読んでください。↓
>>争いというものは、傍観者からみれば愚かなものです。
>>しかし、当事者には避けられないと思える。
ついでに申しますが、イラク国民は戦争の被害というよりは、大多数は、むしろ喜んでいたように思えますが。
経済制裁で、この10年間に200万人も死んでる状況なら当然です。
その半分としても、破滅的な経済状況と恐怖政治を国民が望むはずがない。
そのような状況に終止符を打つために犠牲が出たのは残念ですが、湾岸戦争以前にフセインの野望の
ために50万人の兵士が死んでいます。
このとき既にイラクはとんでもない状況に陥っていたとみるべきでしょう。
>>それが、自分の価値観を阻害するとき、人は攻撃的にも
なるということです。
>しつこいようですが、単なる「争い」と、集団的に殺人を犯す行為である「戦争」とは別物です。
僕は「自分」という表現を使っていますが、何も個人に限ったことではありません。
個人も、自分が属する集団も問題にしている点においては同じことです。
集団同士の対立にも当てはまります。
>「攻撃的になる」ということと、実際に攻撃をして殺戮することとは別問題でしょう。
攻撃的にならずして、攻撃することはない。
罵るだけで、解決すればそれに越したことはない。
>>人間の本性は、概ねそれほど、お人よしにはできていないようです。
>「人間の本性」といいますが、すべての人間が同じ行動をとるわけではないです。
そうですね。だから、「概ね」と述べたのですが。
>人間は攻撃的になる=人間に戦争はつきもの=戦争肯定・・・とでもいう話でしょうか?
それは変ですよね。
最後の「戦争肯定」の「戦争」が抽象名詞のようなイメージですね。
そうだとしたら、風が吹けば桶屋が儲かる式の論理になりますよ。
止むをえない場合もあると言ってるだけですが。
これは メッセージ 157144 (katakurichan2 さん)への返信です.
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