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>日本憲法の誕生;さまざまな民間草案

投稿者: ryuuyuuressi 投稿日時: 2003/05/03 10:57 投稿番号: [156498 / 177456]
   http://www.ndl.go.jp/constitution/gaisetsu/02gaisetsu.html

       日本国憲法の誕生/概説
    第2章   近衛、政府の調査と民間案



      ≪抜        粋≫

   さまざまな民間草案

    政府側が秘密裏に改正草案作りを進めていたころ、民間有識者の間でも憲法改正草案の作成が進行し、1945年末から翌春にかけて次々と公表された。その代表例が、1945年12月26日に発表された憲法研究会の「憲法改正草案」であった。これは、天皇の権限を国家的儀礼のみに限定し、主権在民、生存権、男女平等など、のちの日本国憲法の根幹となる基本原則を先取りするものであった。その内容には、GHQ内部で憲法改正の予備的研究を進めていたスタッフも強い関心を寄せた。
   1946年になると、各政党ともあいついで改正草案を発表した。自由党案と進歩党案はともに、明治憲法の根本は変えずに多少の変更を加えるものであったのに対して、共産党案は天皇制の廃止と人民主権を主張し、社会党案は国民の生存権を打ち出した点に特徴があった。


   ⇒   ■   憲法研究会

      「憲法草案要綱」を作成した民間グループ。統計学者の高野岩三郎の呼びかけで1945年11月5日に結成された。メンバーは、高野、馬場恒吾、杉森孝次郎、森戸辰男、岩淵辰男、室伏高信、鈴木安蔵ら。
       国民主権や生存権規定、寄生的土地所有の廃止などを盛り込んだ改正案の内容にはGHQのスタッフも注目し、GHQ草案作成に大きな影響を与えた。なお、憲法研究会案に満足できなかった高野は、天皇制廃止・大統領制を採用した独自の「改正憲法私案要綱」を雑誌に発表した。



   ●   これらを見ると、日本人の想像力、構想力も捨てたものではないな、と思う。
     GHQが、参考にした民間案もあったのだ。

     予てより、改憲論者は、“押し付け”を言っていたが、立派な自前の憲法案と言うべき。
     ポツダム宣言(受諾)を、“押し付け”と言い募らず、
     なぜに、その成果の日本国憲法のみ、“押し付け”と言い募るのだろうか。
     憲法成立が遅れれば、
     米軍に代わる、極東委員会(FEC)による管理の『危険』もあったのに。
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