>嘘
投稿者: poppy307 投稿日時: 2003/02/17 01:12 投稿番号: [152562 / 177456]
>アメリカ:過去に多数、現在も疑惑あり
これをする最も単純な方法は残虐行為物語である。ここでの問題は、多くの残虐行 為物語は真実であり、戦争はそれ自身が残虐行為なのであるが、真実ではない物語も 多いということにある。
クウェートの赤ん坊の物語が好例である。この物語の起源は第1次世界大戦中に英 国が行ったデマ宣伝に遡る。その時には、ドイツ兵がベルギーの赤ん坊を空中でトス し、銃剣で突き刺したと非難したのである。
湾岸戦争で使うために塵を払われ、かつ、更新されて、この新しいバージョンは、 近代的なクウェートの病院の未熟児病棟に乱入したイラクの兵士が、早産児保護器を 見つけ、それをイラクへ送るために中にいた赤ん坊を放り出したという物語になった。
この初っ端から起こりそうもない物語は、1990年9月5日にロンドンの「デイリーテ レグラフ」によって最初に報道された。
しかし、この物語には登場人物という要素が欠けていた。つまりは裏付けのない伝聞報道だった。テレビのための映像とか、死んだ赤ん坊を抱いて嘆く母親とのインタ ビューとかはなかった。 だから比較的には早めに訂正された。追放中のクウェートの政府によって融資され た「自由なクウェート市民」と自
称する組織は、クウェートからイラクを排除するア メリカの軍事介入のためのキャンペーンに関して、アメリカの巨大な広告会社の「ヒ ルトン&ノートン」に、1000万ドルを支払う契約に署名していた。
米国の議会の人権推進委員会は10月に会合を開いていたが、「ヒルトン&ノートン」 は、15歳のクウェートの少女が国会議員の前で赤ん坊の話を話すように準備した。彼女は、その役割を見事に演じた。話を継続しようと努力した瞬間に涙で息が詰まって、 彼女の声が途切れたのだった。
議会の委員会は、彼女のことを、ただ「ナイラー」としか知らされていなかったの だが、彼女が証言した時のテレビの部分的映像には、彼女の言葉に耳を傾ける国会議 員の顔に浮かぶ怒りと決意が映し出されていた。
ブッシュ大統領は、以後の5週間に6回も、この物語をサダムの政権の悪徳の証拠と して引き合いに出した。
上院の討論では、クウェートからサダムを追い出す軍事行動を承認するために、7 人の上院議員が特に、この早産児保護器の赤ん坊に対する残虐行為に言及した結果、 開戦を支持する最終投票は、わずか5票の差で可決となった。
ジョン・R・マッカーサーの戦時宣伝に関する研究によると、この赤ん坊に対する 残虐行為の物語が、アメリカの世論を戦争に向けて準備するキャンペーンの中での決 定的な瞬間だった。
この物語の真相が判明するまでには、ほぼ2年掛かった。この物語は捏造された神 話だった。そして議会の人権推進委員会に現れて証言した十代のクウェートの少女、 ナイラーは、実際にはアメリカ駐在のクウェートの大使の娘で、「ヒルトン&ノート ン」によって指導され、リハーサルまで行っていたのであった。
マッカーサーがこの真相をを明らかにした時にはすでに、戦争はアメリカの勝利に 終わっており、もはや誰も責任を問われなかった。
http://www.jca.apc.org/~altmedka/akuukan-01-10-37.html
http://www.geocities.com/CapitolHill/3589/us-iraq-lie.html
http://kodansha.cplaza.ne.jp/wgendai/top_news/sample/top_1/main2.html
そういえば、リップマンの『世論』にも似たような話があったな。
これは メッセージ 152554 (i_am_ma_i さん)への返信です.
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