>民主主義という幻想
投稿者: katakurichan2 投稿日時: 2003/02/17 00:18 投稿番号: [152557 / 177456]
>儂らが「民主主義」以外のシステムを発想できぬのは,
kayano_soto_lonelyさん、はじめまして。
つい最近、「個人と国家
−今なぜ立憲主義か」(樋口陽一/集英社新書/2000年11月)という本を読みまして、「立憲主義」という言葉を知りました。constitutionalismといって、「要するに権力に勝手なことをさせないという、非常にわかりやすくいえばその一語に尽きると言っていい」とありました。
王権が強かったりした時代には、それに対抗するものとしての民主主義が積極的な意味をもっていたけれど、君主が支配するということがなくなってくると、民主主義に対抗するものがなくなってしまった、けれど、それを牽制できるものがなくなると行き過ぎてしまう。
例えば、
スターリンは人民の名において人民の敵を粛清した
ヒトラーの率いるナチスは人民の選挙で第一党になってワイマール憲法をひっくり返してしまった
ユーゴスラビアのミロシェビッチも選挙でその地位についていた
イラクのサダム・フセインは選挙でないにしても、国民の支持がいつも九十何パーセントにもなる。
・・というような例があげられていて、こんなふうに書かれていました。
「そうなってくると民主を名乗る政治権力も制限されなければいけないという「立憲主義」が、一番のキーポイントになる。
実はそのことが、少なくとも世界の先進国レベルで共通認識になったのは比較的最近なのです。というのは、かつては民主の旗によって世の中が進歩していくとの幻想があった。だから、民主を推し進めれば進めるほどまっとうな世の中になっていくという期待があったのです。ところがいろいろな「民主」をやってみたけれども、しばしばそれは惨憺たる結果をもたらしてきた。
そこで「立憲主義」という言葉が思い出されてきた。」
−−−
どんな思想であれ主義であれ、唯一絶対のものではないでしょうから、民主主義が万能だと思ってはいけない、おっしゃるとおり「陥穽」にはまらないようにしなくては(^^;
これは メッセージ 152508 (kayano_soto_lonely さん)への返信です.
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