待った!!!
投稿者: sebastianno2 投稿日時: 2002/09/13 23:01 投稿番号: [147577 / 177456]
9
11
2001
は
1
17
1995とならんで、
身近な現代文明の都会にアタックされた 驚くべき状況でした。
9 11の方は、わたしはテレビで一機めの突入後からずっとみていましたが、
2機めが突入しまもなく2棟とも崩落しましたから、ほんとうになによりあっけにとられて見ていました。
朝方の4時ごろまでくぎづけでそのままテレビの前で寝てしまったことを思い出します.
突然に巻き込まれた人たちの悲しみはいかばかりだったでしょう。
それはもう、言い表し難い惨事だったと思います.
3000人に及ぶ人々の死・・・あの西洋文明の象徴ともいえる美しいツインタワ−・・・
わたしが家族とWTCに登った日は風がなかったので、屋上にあがれたのですよ。
自由の女神もNYの町もマンハッタンも一望のもとに海が美しく輝いていました.
あの光景はもうのぞんでも得られないのです.
人はあまりに奢りすぎたのです.
人はあまりに自分に執着して同胞の悲しみ富の偏りに気づこうとしなかったのです。
それにしても、当初1万人、次に6千人そして、
一年たてば、2801人・・・おいおいどうなってんだ?!
1 17 1995では、わたしはその真っ只中にいました。
天災のまえに人のなんと無力なことかを知らされました。
そして非常事態では価値観によって、対応に大きく違いが出てくることも思い知らされました.
そしてまた、大惨事のときにこそ、多くの生命にかかわる気づきと反省もなされることを痛切に体験いたしました。
しかしながら、9 11 はそのように考えるひまもないようなあっという間のできごとでした。
しかし、こちらは天災と違って テロ ですから、
そのテロリストを呼び寄せた温床というものがあったと思われるのですね.
東洋哲学的には、因果の 因を尋ねる血のでるような努力と反省がなされていたらよかったのですが、
それであったなら、自分勝手なアメリカも、おっ大人になったねなんて
世界から信頼評価されたでしょうに。
どうも西洋の方々は、見えるものだけに目が行きがちのように思われます.
それも共存尊重でなく、征服支配を感じさせます.
西洋医学でも、出てきた症状を叩いて黙らせろ、ですから同様の対応のようですね。
しかし、今回もじつはすべてエゴのもとに想定され、仕組まれたシナリオだったとわたしは思うのです.
アメリカは10年前のフセインと同様に
アルカイダを挑発し泳がせてことをしでかすよう手ぐすねして待っていたとわたしには思われました.
アメリカは当初からタリバン、アルカイダのむこうにイラクまで標的にして
戦争への作戦計画を練っていました。
9 11 の原因は何だったのか、そこを十分に追求できてその対応に
この戦争に要した費用をかけれればよかったですね。
そんな殊勝に気持ちはさらさらない、
戦争に押せ押せのアフガニスタンのタリバンや一般市民もふくめて
もはや一万人以上はこのアメリカの空爆で亡くなられた事でしょう.
タリバンは国連のおかげて懐柔してきていたというのに・・・、
目には目をという血で血を生命で生命を贖うのでなく、
目は目はにとどめ、歯は歯にとどめて
それ以上の報復はするなと戒めでもあり、
過去の血なまぐさい中東のならわしでした。
アメリカはすでにそれ以上の報復を与えつづけています。
同じ対価でありながらも、価値観を変えて、それらの気づきと反省にたった
前向きな対応がされてきたならいいなと一年前からあちこちで書きました.
しかし、一周年を迎えて、やはり当初のシナリオどおりにイラクへの戦争がはじまろうとしています.
ほんとうにアメリカはこのまま暴走しつづけていいものなんでしょうか?
世界はこのまま戦争に突入して、アメリカナイズされてしまっていいものでしょうか?
アメリカの価値観に待ったをかけているのはわたしだけではないと思われます
身近な現代文明の都会にアタックされた 驚くべき状況でした。
9 11の方は、わたしはテレビで一機めの突入後からずっとみていましたが、
2機めが突入しまもなく2棟とも崩落しましたから、ほんとうになによりあっけにとられて見ていました。
朝方の4時ごろまでくぎづけでそのままテレビの前で寝てしまったことを思い出します.
突然に巻き込まれた人たちの悲しみはいかばかりだったでしょう。
それはもう、言い表し難い惨事だったと思います.
3000人に及ぶ人々の死・・・あの西洋文明の象徴ともいえる美しいツインタワ−・・・
わたしが家族とWTCに登った日は風がなかったので、屋上にあがれたのですよ。
自由の女神もNYの町もマンハッタンも一望のもとに海が美しく輝いていました.
あの光景はもうのぞんでも得られないのです.
人はあまりに奢りすぎたのです.
人はあまりに自分に執着して同胞の悲しみ富の偏りに気づこうとしなかったのです。
それにしても、当初1万人、次に6千人そして、
一年たてば、2801人・・・おいおいどうなってんだ?!
1 17 1995では、わたしはその真っ只中にいました。
天災のまえに人のなんと無力なことかを知らされました。
そして非常事態では価値観によって、対応に大きく違いが出てくることも思い知らされました.
そしてまた、大惨事のときにこそ、多くの生命にかかわる気づきと反省もなされることを痛切に体験いたしました。
しかしながら、9 11 はそのように考えるひまもないようなあっという間のできごとでした。
しかし、こちらは天災と違って テロ ですから、
そのテロリストを呼び寄せた温床というものがあったと思われるのですね.
東洋哲学的には、因果の 因を尋ねる血のでるような努力と反省がなされていたらよかったのですが、
それであったなら、自分勝手なアメリカも、おっ大人になったねなんて
世界から信頼評価されたでしょうに。
どうも西洋の方々は、見えるものだけに目が行きがちのように思われます.
それも共存尊重でなく、征服支配を感じさせます.
西洋医学でも、出てきた症状を叩いて黙らせろ、ですから同様の対応のようですね。
しかし、今回もじつはすべてエゴのもとに想定され、仕組まれたシナリオだったとわたしは思うのです.
アメリカは10年前のフセインと同様に
アルカイダを挑発し泳がせてことをしでかすよう手ぐすねして待っていたとわたしには思われました.
アメリカは当初からタリバン、アルカイダのむこうにイラクまで標的にして
戦争への作戦計画を練っていました。
9 11 の原因は何だったのか、そこを十分に追求できてその対応に
この戦争に要した費用をかけれればよかったですね。
そんな殊勝に気持ちはさらさらない、
戦争に押せ押せのアフガニスタンのタリバンや一般市民もふくめて
もはや一万人以上はこのアメリカの空爆で亡くなられた事でしょう.
タリバンは国連のおかげて懐柔してきていたというのに・・・、
目には目をという血で血を生命で生命を贖うのでなく、
目は目はにとどめ、歯は歯にとどめて
それ以上の報復はするなと戒めでもあり、
過去の血なまぐさい中東のならわしでした。
アメリカはすでにそれ以上の報復を与えつづけています。
同じ対価でありながらも、価値観を変えて、それらの気づきと反省にたった
前向きな対応がされてきたならいいなと一年前からあちこちで書きました.
しかし、一周年を迎えて、やはり当初のシナリオどおりにイラクへの戦争がはじまろうとしています.
ほんとうにアメリカはこのまま暴走しつづけていいものなんでしょうか?
世界はこのまま戦争に突入して、アメリカナイズされてしまっていいものでしょうか?
アメリカの価値観に待ったをかけているのはわたしだけではないと思われます
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/bpjfa4lla5fa5m_1/147577.html