イスラム原理主義者に、誇りと豊かな自然を
投稿者: saramandjp 投稿日時: 2002/09/13 10:36 投稿番号: [147501 / 177456]
国際テロ組織の核になる思想の大きな流れは、「イスラム原理主義」と思われています。
そしてその土壌となる国々の抱える大きな問題は国土の荒廃による、「経済難民」、「災害難民」。
「難民」の定義を見てもわかるように、迫害や、政治的弾圧を受けているとみなされない、「経済難民」、「災害難民」は、国際世論からは「難民」とみなされません。
地球の温暖化や、砂漠化、異常気象。また、その原因となる原生林、草原地帯などの大規模資源開発で、太古からの豊かな自然に頼って生活して来た遊牧民、漁民、狩猟民、森の民は、先祖代々暮らして来た土地(生活・食料・命・誇り)を奪われてしまいます。少数民族に限らず零細な農業を営む数多くの農民も同じです。先祖伝来の文化と生活を無くし、脈々として築いて来た誇りも打ち砕かれ、国内の「経済難民」、「災害難民」のキャンプに押し込められるか、チリヂリに都会へと流れて行かなくてはなりません。そこで待っているものは虐げられ、物乞いをするように仕事を求める生活。そして迫害を受け寄る辺のない「国内難民」へと流されて行きます。
日本も含めて、先進国が自国の経済活動のために資源開発をし、各々の現地住民の土地を奪う。さらに、国際援助の名目で高級役人の利害のために金をばらまき、さらに資源開発を後押しする。その罪滅ぼしとして、食料、テント、学校、井戸などを援助しても、大自然とともに暮らしていた誇り高い生活を、再び彼等に保証することはもう出来ません。
そんな人々が、地球規模では「正式な難民」の200倍、約24億人もいるわけです。
そしてそれらは、「難民」ではなく、ただ貧しい人として扱われてしまいました。
さて「イスラム原理主義」ですが、そんな世界の流れの中。先進国に追従し物質至上主義に溺れるイスラム教徒に、自分達のアイデンティティーを訴えようとした抵抗運動から始まったものです。
ところが冷戦時代、資本主義のへの抵抗として共産勢力と手を組んだり、はたまた共産主義が勢力を増すと、国際世論の強い欧米の傘下に入ったり、端から見ると節操のない、血に飢えた盗賊集団に見えました。実際にはイスラムの教えを貫こうとすると、自然はあまりに痩せ衰え、古代に営々とした理想の暮らし、誇り高い自由遊牧民の生活が出来なくなってしまっていたのが原因だと思います。
そうして原理主義に残されたものは、団結と殉教の精神。これが活かされるのはゲリラ的な戦いの中だけだったのです。
その飢えた狼と化した「イスラム原理主義者」を飼いならすためと、自分達の資本主義化をごまかすために、イスラム教徒のオイル資本主義者は武器と資金を与え、産油国から遠い辺境国家に押し込もうとしたのです。こうしてテロ国家が出来上がりました。
極端なイスラム原理主義の思想により、国内でも内紛が起こります。
その戦闘により、「戦争難民」が激増して、国外に流れ出し、初めて正式な「難民」となるのです。
つまり、イスラム世界の資本主義者も、他の宗教・国家の資本主義者も、世界全体の40%が飢えて、渇き、人間の尊厳を持てないほど、(裕福な12%の私たちから)虐げられてしまっていることに気付くべきではないでしょうか?
本当の国際平和は、生きとし生けるものが人権をもち、冒されぬ尊厳を保ちうる地球を創造することにあると思えます。
昨年の同時多発テロ以降、イスラム原理主義の存在が世界世論の表に出て来て、それをいかにコントロールするか、または壊滅させるかなどの方法論が取りざたされていますが、その訴えの根底にもっと耳を傾け、地球人としてのあり方を考え、つくり出して行くことが大切なような気がします。
先日、イスラエルとパレスチナの戦争孤児が、同じフレンドリー・キャンプで数日を過ごしたドキュメントを見ました。国や宗教が違い、お互い敵対する国に住んでいても、戦争で両親を失った悲しみは共通の物でした。打ち解け、友情を確認しあう事も出来ました。「彼等の再会が、戦場で銃口を向けあいながら」とならないよう。私の出来る限りの事を精一杯して行かなければと思いました。
そしてその土壌となる国々の抱える大きな問題は国土の荒廃による、「経済難民」、「災害難民」。
「難民」の定義を見てもわかるように、迫害や、政治的弾圧を受けているとみなされない、「経済難民」、「災害難民」は、国際世論からは「難民」とみなされません。
地球の温暖化や、砂漠化、異常気象。また、その原因となる原生林、草原地帯などの大規模資源開発で、太古からの豊かな自然に頼って生活して来た遊牧民、漁民、狩猟民、森の民は、先祖代々暮らして来た土地(生活・食料・命・誇り)を奪われてしまいます。少数民族に限らず零細な農業を営む数多くの農民も同じです。先祖伝来の文化と生活を無くし、脈々として築いて来た誇りも打ち砕かれ、国内の「経済難民」、「災害難民」のキャンプに押し込められるか、チリヂリに都会へと流れて行かなくてはなりません。そこで待っているものは虐げられ、物乞いをするように仕事を求める生活。そして迫害を受け寄る辺のない「国内難民」へと流されて行きます。
日本も含めて、先進国が自国の経済活動のために資源開発をし、各々の現地住民の土地を奪う。さらに、国際援助の名目で高級役人の利害のために金をばらまき、さらに資源開発を後押しする。その罪滅ぼしとして、食料、テント、学校、井戸などを援助しても、大自然とともに暮らしていた誇り高い生活を、再び彼等に保証することはもう出来ません。
そんな人々が、地球規模では「正式な難民」の200倍、約24億人もいるわけです。
そしてそれらは、「難民」ではなく、ただ貧しい人として扱われてしまいました。
さて「イスラム原理主義」ですが、そんな世界の流れの中。先進国に追従し物質至上主義に溺れるイスラム教徒に、自分達のアイデンティティーを訴えようとした抵抗運動から始まったものです。
ところが冷戦時代、資本主義のへの抵抗として共産勢力と手を組んだり、はたまた共産主義が勢力を増すと、国際世論の強い欧米の傘下に入ったり、端から見ると節操のない、血に飢えた盗賊集団に見えました。実際にはイスラムの教えを貫こうとすると、自然はあまりに痩せ衰え、古代に営々とした理想の暮らし、誇り高い自由遊牧民の生活が出来なくなってしまっていたのが原因だと思います。
そうして原理主義に残されたものは、団結と殉教の精神。これが活かされるのはゲリラ的な戦いの中だけだったのです。
その飢えた狼と化した「イスラム原理主義者」を飼いならすためと、自分達の資本主義化をごまかすために、イスラム教徒のオイル資本主義者は武器と資金を与え、産油国から遠い辺境国家に押し込もうとしたのです。こうしてテロ国家が出来上がりました。
極端なイスラム原理主義の思想により、国内でも内紛が起こります。
その戦闘により、「戦争難民」が激増して、国外に流れ出し、初めて正式な「難民」となるのです。
つまり、イスラム世界の資本主義者も、他の宗教・国家の資本主義者も、世界全体の40%が飢えて、渇き、人間の尊厳を持てないほど、(裕福な12%の私たちから)虐げられてしまっていることに気付くべきではないでしょうか?
本当の国際平和は、生きとし生けるものが人権をもち、冒されぬ尊厳を保ちうる地球を創造することにあると思えます。
昨年の同時多発テロ以降、イスラム原理主義の存在が世界世論の表に出て来て、それをいかにコントロールするか、または壊滅させるかなどの方法論が取りざたされていますが、その訴えの根底にもっと耳を傾け、地球人としてのあり方を考え、つくり出して行くことが大切なような気がします。
先日、イスラエルとパレスチナの戦争孤児が、同じフレンドリー・キャンプで数日を過ごしたドキュメントを見ました。国や宗教が違い、お互い敵対する国に住んでいても、戦争で両親を失った悲しみは共通の物でした。打ち解け、友情を確認しあう事も出来ました。「彼等の再会が、戦場で銃口を向けあいながら」とならないよう。私の出来る限りの事を精一杯して行かなければと思いました。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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