対米全面テロ

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「戦争はダメ」論の続き。

投稿者: al_raden_s_apprentice 投稿日時: 2002/08/29 00:03 投稿番号: [146591 / 177456]
「ある一つの思想を通してしか物を見られない人達には残念ながら何を言っても通じません」
(tsuyuakesenngenn氏の引用による)とは,
それは確かにそうなんだが,それでは翻って彼(ら)のような素朴なナショナリスト達はどうなのかというと,
「国家=社会」という<思想>(思いこみ)からしか現実を見ることが出来ないと云う点で,
しょせん同類に過ぎないように思われる。

これが「国家>社会」という思想になると,ふつう国家主義と呼ばれて,
<ウヨ>とかいうレッテルを貼られるわけだ。
(もっともこれは,<サヨ>と云うレッテルを貼られる連中も思想の構造としては同様である。)

ところが実際の人間社会の構造というものは,常に「国家<社会」なのだが,
時に,国家主義者や素朴な(何も考えていない)ナショナリストの目に「国家≧社会」と映るのは,
国家が<暴力>(=生殺与奪の権限,または<戦争>)の手段を独占しているからに他ならない。
国家による<暴力の独占>は,国家が運用されている姿としての<政治>と,
社会における<日常生活>が全く別の論理をもって立ち現れてくるようにも現象するのだ。

国家の利益(国益)はその社会の利益と一致するとは限らず,
逆に<国家>が支配する(属する)<社会>を破壊してもなお,
自らの存続を図る場合が往々にしてあることを忘れてはならない。
(たとえば日中戦争における大日本帝国)

いうまでもなく,<暴力>をコントロールすることは,私たちの社会生活にとって非常に大切なことだ。
坂本多加雄などは,コントロールの役割を<国家>に求めて,国家の存続理由としている。
(坂本多加雄「国家の存在理由」藤原書店「環」vol.5)
だが,僕には彼の主張は国家の本質を見誤っているようにしか思えない。
なぜなら,<国家>そのものが<暴力>を本質とする(内包する)ことによって成立してきたからだ。
(あまりいいたとえではないが,縄張り争いに勝ったヤクザ一家に,町の治安を任せているようなもの。)

僕には,人間社会は<国家>ではない,なにか別の共同体を創出することによってしか,
本当の意味での<暴力のコントロール>(・・・つまり戦争を廃絶すること)は可能にならないないように思える。
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