>>さざれいし(細石)
投稿者: li__il 投稿日時: 2002/08/05 20:10 投稿番号: [145832 / 177456]
>ただ一般的に思い浮かぶのは、やはり、岩が削られ砕かれていったん土砂となってから、あらためて堆積し岩と成るようなイメージだよね。
>>大陸から運ばれてきた小さな石(さざれ石)が堆積を続け、
>運ばれて来たのが土砂や小石の混じったものでなく、小石だと決めつけてるところが弱い。小石だけで堆積して個結するというのは難しくないですか?細石=小石=土砂のことであると言われたら議論は終ってしまいますが。
>http://www.bigai.ne.jp/~miwa/miwa/kimigayo.html
↑上記の中の、下記の一説が妥当な線だと思いますけど?
〜昭和35年6月から、 月刊雑誌『ゆきま』に毎月連載で石に関する随想、随筆を執筆していて、その資料取材のため、小宮神集落を訪れ、軒先に水石が山と積まれていた中に、石灰質角礫岩。説明の必要も無い位 。山や谷にある石灰石が長年月、雨水に溶解して時には乳状液となり、大粒な石、小粒な石、色の違う石、形の違う石を次々と集結する。鍾乳石のつららが長年月のうちに生長するのと同じ原理で石が集結を続け次第に大きくなり成長する。この石こそ、民主国家を目ざす日本にふさわしい内容をもつ意義深い石。個々のこまかい石が集結し次第に大きくなる。即ち一家・一市町村・県・国家へと集結して栄え、幾世代までも続くめでたい意義・内容をもつ石。つまり、これこそ、国家「君が代」の精神と同じだと気づいた。これが、短歌を学び・禅を学んだ人の発想である。〜
詳細には、この様なものも在りますね。
>http://plaza3.mbn.or.jp/~alpha_plus_music/kimigayo/
まぁ〜いずれにせよ、ナショナリズムの台頭と共に、国歌の制定が成されたのであれば、国威発揚名目と言うお題目は避けては通れないでしょうね。従って、深い考察に基づいた、国歌選定では無いと思います。推測ですが。(苦笑)
別に、国家でも無くても良い訳ですので、選定されたと言うのは、それなりの当時の意図するところが在っての事だと思いますね。
日本の伝統的書物が科学的根拠に基づく物でも無く、返って随筆に近い事からも、それから自然の摂理を引き出す事自体が馬鹿げた行為だと思うっす。(苦笑)読み手の想像力が如何に富んで居るかと言う事が、その書物の読解には重要なものだと思いますね。要は、自然から学び応用するって感じで、応用から自然を学ぶのでは無いって感じぃ?(苦笑)
>神と現人神とでは扱いを分けねばおかしいと思います。「君が代」はやはり「君が世」という、民主とはべつな他者の統治を認めるものだとも解釈出来る、そういう感じ方のほうが自然な気がします。
神と人間は、全く違いますからね。(苦笑)’現人神’と言うのは、役割上の一定義では無いですかね?例えば、アダム・イヴから派生した人類だとすれば、自然と全人類が神的存在と成る事と同じでしょうね。(苦笑)
まぁ〜八百の神と言うのも、その系統では無いでしょうかね。
>>大陸から運ばれてきた小さな石(さざれ石)が堆積を続け、
>運ばれて来たのが土砂や小石の混じったものでなく、小石だと決めつけてるところが弱い。小石だけで堆積して個結するというのは難しくないですか?細石=小石=土砂のことであると言われたら議論は終ってしまいますが。
>http://www.bigai.ne.jp/~miwa/miwa/kimigayo.html
↑上記の中の、下記の一説が妥当な線だと思いますけど?
〜昭和35年6月から、 月刊雑誌『ゆきま』に毎月連載で石に関する随想、随筆を執筆していて、その資料取材のため、小宮神集落を訪れ、軒先に水石が山と積まれていた中に、石灰質角礫岩。説明の必要も無い位 。山や谷にある石灰石が長年月、雨水に溶解して時には乳状液となり、大粒な石、小粒な石、色の違う石、形の違う石を次々と集結する。鍾乳石のつららが長年月のうちに生長するのと同じ原理で石が集結を続け次第に大きくなり成長する。この石こそ、民主国家を目ざす日本にふさわしい内容をもつ意義深い石。個々のこまかい石が集結し次第に大きくなる。即ち一家・一市町村・県・国家へと集結して栄え、幾世代までも続くめでたい意義・内容をもつ石。つまり、これこそ、国家「君が代」の精神と同じだと気づいた。これが、短歌を学び・禅を学んだ人の発想である。〜
詳細には、この様なものも在りますね。
>http://plaza3.mbn.or.jp/~alpha_plus_music/kimigayo/
まぁ〜いずれにせよ、ナショナリズムの台頭と共に、国歌の制定が成されたのであれば、国威発揚名目と言うお題目は避けては通れないでしょうね。従って、深い考察に基づいた、国歌選定では無いと思います。推測ですが。(苦笑)
別に、国家でも無くても良い訳ですので、選定されたと言うのは、それなりの当時の意図するところが在っての事だと思いますね。
日本の伝統的書物が科学的根拠に基づく物でも無く、返って随筆に近い事からも、それから自然の摂理を引き出す事自体が馬鹿げた行為だと思うっす。(苦笑)読み手の想像力が如何に富んで居るかと言う事が、その書物の読解には重要なものだと思いますね。要は、自然から学び応用するって感じで、応用から自然を学ぶのでは無いって感じぃ?(苦笑)
>神と現人神とでは扱いを分けねばおかしいと思います。「君が代」はやはり「君が世」という、民主とはべつな他者の統治を認めるものだとも解釈出来る、そういう感じ方のほうが自然な気がします。
神と人間は、全く違いますからね。(苦笑)’現人神’と言うのは、役割上の一定義では無いですかね?例えば、アダム・イヴから派生した人類だとすれば、自然と全人類が神的存在と成る事と同じでしょうね。(苦笑)
まぁ〜八百の神と言うのも、その系統では無いでしょうかね。
これは メッセージ 145829 (yoursong319 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/bpjfa4lla5fa5m_1/145832.html