ラムズフェルトは激しく噂を否定した(1)
投稿者: marchingpeople 投稿日時: 2002/06/12 06:59 投稿番号: [143565 / 177456]
>次期戦闘機の生産枠減少や、自走砲の開発中止、F35開発計画等、、、
>
>個人的には、
>ダイナミックに防衛戦略を変化させた(?勝手にそう解釈してるのですが)ラムズフェルドって、
>凄い奴じゃないかなと思うのですが、彼の評価って米国内ではどうなんでしょ?
とりあえず政権内での彼の立場を見るため、再びブッシュ氏の「未来を見つめて」から同氏が中国大使からCIA長官になった部分を引用(ってチョットその範囲を超えているような気がしますが(^^;、)すると。。。
》 ワシントンでの憶測によると、シナリオは次のようなものだった。レーガンが共和党の大統
》領候補としてフォードに挑戦しているので、大統領は自分の右翼を守らなければならなかっ
》た。このことは、一九六四年(*1)にゴールドウォーターと熾烈な戦いを繰り広げ、保守派から毛嫌
》いされていたロックフェラーを退場させなければならないことを意味していた。一九七四年(*2)に
》フォードの副大統領候補としてロックフェラーに敗れた私は、カンザスシチーでの副大統領指
》名の最有力候補となろう。しかし、議会の主要な委員会二つの調査対象となっており、論争の
》的でもある政府機関の長を六カ月やった後ではその可能性はなくなる。その経験による傷痕は
》私を競争の外に置き、その地位を他の者に明け渡すこととなる。
》 そのシナリオのことを考えている最中に、中国を去る前にロジャー・モートンがいったこと
》を思い出した「これ以上商務省にいるつもりはない」そう彼は打ち明けた。「君が考えるべき
》ことは、私が去った後ワシントンヘ帰って、私の後任になることだ。これは副大統領候補への
》完全な踏み台だ」
》 しかし私が北涼で電報を受け取った時、ロジャーが商務長官を辞め、その後任がエリオット
》・リチァードソンになることについては何も触れられていなかった。奇妙なことだが、リチァ
》ードソンの前司法長官としての経験を思えぼ彼はCIA長官として理想的であるし、私の事業
》家としての背景を思えば商務長官に最適だと映るのだった。ロジャーはこの入れ替えが、私を
》候補者から外すために意図的に行なわれたものと疑っていた。そういった結論に達した友人は
》彼一人ではなかった。
》「君がCIAに行くことについて、このあたりの連中がいっていることを、君も知っているべ
》きだと思うのだが」と、かつての下院の同僚が、われわれのワシントン帰着後間もなくいっ
》た。「君はしてやられたと思われている。ラムズフェルドが君をいいように動かし、それを受
》けた君は愚かだったといわれているよ」
》 ホワイトハウスの参謀長ドン・ラムズフェルド――彼の友人がいうところの「ラミー」は、
》有能な行政官であり、また内部的な政争のやり手と評価されていた。ハロウィーンの大虐殺(*3)と
》私のCIAへの移動を画策した者として、彼の名前がこうした噂に登場しないはずはなかっ
》た。彼のオフィスで会った時、ラムズフェルトは激しく噂を否定した。私は彼の言葉を受け入
》れた。しかしたとえその噂が真実であったにせよ、大統領に依頼された仕事を私は拒否するこ
》とができなかった。どんなにそれが困薙な仕事であろうとも。(*4)
(*1)この時にロックフェラーNY州知事の副大統領候補としてブッシュ氏の名前が挙がっています(でもそう言えば、この話しは未確認なんだよなぁ、だから噂ていどかな)。
(*2)ニクソン政権のアグニュー副大統領が汚職のため辞任、その後任フォード氏がなり、ウォーターゲート事件を経て正大統領に就任。そのフォード氏の副大統領指名で両氏が争った件。ちなみにこれに敗れたブッシュ氏はフォード大統領から英・仏大使(その前にブッシュ氏は共和党全国委員長をやってWG事件の後始末をやっていたので、これは褒賞人事)をオファーされるがこれを断り中国大使に就任(正確には就任時は国交正常化がなされる前なので、アメリカ連絡事務所長)。
(*3)ニクソン大統領がWG事件に絡んで行った人事異動を土曜の夜の大虐殺と呼んでいたのでフォード大統領の人事異動もその対比としてこう呼ばれた。
(*4)この結末(76年の副大統領候補)は、後の共和党院内総務で96年に大統領候補になったドール上院議員、もちろん大統領選に勝ったのはフォード氏ではなく、民主党のカーター大統領。
>
>個人的には、
>ダイナミックに防衛戦略を変化させた(?勝手にそう解釈してるのですが)ラムズフェルドって、
>凄い奴じゃないかなと思うのですが、彼の評価って米国内ではどうなんでしょ?
とりあえず政権内での彼の立場を見るため、再びブッシュ氏の「未来を見つめて」から同氏が中国大使からCIA長官になった部分を引用(ってチョットその範囲を超えているような気がしますが(^^;、)すると。。。
》 ワシントンでの憶測によると、シナリオは次のようなものだった。レーガンが共和党の大統
》領候補としてフォードに挑戦しているので、大統領は自分の右翼を守らなければならなかっ
》た。このことは、一九六四年(*1)にゴールドウォーターと熾烈な戦いを繰り広げ、保守派から毛嫌
》いされていたロックフェラーを退場させなければならないことを意味していた。一九七四年(*2)に
》フォードの副大統領候補としてロックフェラーに敗れた私は、カンザスシチーでの副大統領指
》名の最有力候補となろう。しかし、議会の主要な委員会二つの調査対象となっており、論争の
》的でもある政府機関の長を六カ月やった後ではその可能性はなくなる。その経験による傷痕は
》私を競争の外に置き、その地位を他の者に明け渡すこととなる。
》 そのシナリオのことを考えている最中に、中国を去る前にロジャー・モートンがいったこと
》を思い出した「これ以上商務省にいるつもりはない」そう彼は打ち明けた。「君が考えるべき
》ことは、私が去った後ワシントンヘ帰って、私の後任になることだ。これは副大統領候補への
》完全な踏み台だ」
》 しかし私が北涼で電報を受け取った時、ロジャーが商務長官を辞め、その後任がエリオット
》・リチァードソンになることについては何も触れられていなかった。奇妙なことだが、リチァ
》ードソンの前司法長官としての経験を思えぼ彼はCIA長官として理想的であるし、私の事業
》家としての背景を思えば商務長官に最適だと映るのだった。ロジャーはこの入れ替えが、私を
》候補者から外すために意図的に行なわれたものと疑っていた。そういった結論に達した友人は
》彼一人ではなかった。
》「君がCIAに行くことについて、このあたりの連中がいっていることを、君も知っているべ
》きだと思うのだが」と、かつての下院の同僚が、われわれのワシントン帰着後間もなくいっ
》た。「君はしてやられたと思われている。ラムズフェルドが君をいいように動かし、それを受
》けた君は愚かだったといわれているよ」
》 ホワイトハウスの参謀長ドン・ラムズフェルド――彼の友人がいうところの「ラミー」は、
》有能な行政官であり、また内部的な政争のやり手と評価されていた。ハロウィーンの大虐殺(*3)と
》私のCIAへの移動を画策した者として、彼の名前がこうした噂に登場しないはずはなかっ
》た。彼のオフィスで会った時、ラムズフェルトは激しく噂を否定した。私は彼の言葉を受け入
》れた。しかしたとえその噂が真実であったにせよ、大統領に依頼された仕事を私は拒否するこ
》とができなかった。どんなにそれが困薙な仕事であろうとも。(*4)
(*1)この時にロックフェラーNY州知事の副大統領候補としてブッシュ氏の名前が挙がっています(でもそう言えば、この話しは未確認なんだよなぁ、だから噂ていどかな)。
(*2)ニクソン政権のアグニュー副大統領が汚職のため辞任、その後任フォード氏がなり、ウォーターゲート事件を経て正大統領に就任。そのフォード氏の副大統領指名で両氏が争った件。ちなみにこれに敗れたブッシュ氏はフォード大統領から英・仏大使(その前にブッシュ氏は共和党全国委員長をやってWG事件の後始末をやっていたので、これは褒賞人事)をオファーされるがこれを断り中国大使に就任(正確には就任時は国交正常化がなされる前なので、アメリカ連絡事務所長)。
(*3)ニクソン大統領がWG事件に絡んで行った人事異動を土曜の夜の大虐殺と呼んでいたのでフォード大統領の人事異動もその対比としてこう呼ばれた。
(*4)この結末(76年の副大統領候補)は、後の共和党院内総務で96年に大統領候補になったドール上院議員、もちろん大統領選に勝ったのはフォード氏ではなく、民主党のカーター大統領。
これは メッセージ 143524 (nioka198 さん)への返信です.
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