kisimenjp さんへ (1)
投稿者: light_cavalryman 投稿日時: 2002/05/26 01:53 投稿番号: [142371 / 177456]
>>多くのことを経験し見聞きした知者の絶望の言葉なんですよね。
>違うと思うな、希望の言葉では、
>一切を知りその上に尚輝くかすかな光
>世の不浄の総てを解りながら、それでも肯定的に
>受け入れ独善ではなく
>「まして悪人もや」と言ったお方のような。
>これには逞しい精神力が必要でしょうが。
「伝道の書」はお読みになられたのですか?
思いつくままに、しばし引用を続けます
人は全くその来たように、また去って行かなければならない。
これもまた悲しむべき悪である。
風のために(空なるもののために)労する者になんの益があるか。
人は一生、暗やみと、悲しみと、多くの悩みと、病と憤りの中にある。
見よ、私が見たところの善かつ美なる事は、神から賜った短い一生の間、
食い、飲み、かつ日の下で労するすべての労苦によって、楽しみを
得ることである。これがその分だからである。
# ( )内は、私注です。
悲しみは笑いにまさる。
顔に憂いをもつことによって、
心は良くなるからである。
賢い者の心は悲しみの家にあり、
愚かな者の心は楽しみの家にある。
賢い者の戒めを聞くのは、
愚かな者の歌を聞くのにまさる。
愚かな者の笑いは
かまの下に燃えるいばらの音のようである。
これもまた空である。
結局のところ、最後には神をたたえていますが、「善人なおもて往生をとぐ。いわんや悪人をや」とは、多少ニュアンスが異なるように思われます。(宗教の相違と言ってしまえばそれまでなんでしょうけれど)教会でこの書がどのように説明され、説教に使用されているのかについては、私は知りません…。
これは メッセージ 142287 (kisimenjp さん)への返信です.
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