対米全面テロ

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kisimenjpさんへ

投稿者: al_raden_s_apprentice 投稿日時: 2002/05/11 19:01 投稿番号: [141776 / 177456]
レスをありがとうございます。

少し問題を整理してみましたが,所詮,群盲の一人,いろいろご教授願えれば,ありがたいです。

<ポジション>の問題。
「なんでこうなっちまうんだぃ?」という問の中には,
「なぜ<この自分>が<その事>に係わらなければいけないのか?」ということが含まれてますよね。
「どのように関わるのがよいか(べきか)」という問いともつれあいながら,です。

晩飯のメニューの心配から,誰もみたことがない深宇宙の構造まで,
生活の中には,数限りない<係わり>があって,しかも一見して何の脈絡もないように生起するので,
正直なところ,当の本人は,ただ毎日,なすすべもなく,てんやわんや,なんですが。

(閑話)・・・・しかし,その<てんやわんや>の底の方には,
<生存がうみだす漠とした不安>とでも云うしかないものが横たわってますよね。
自分が自分に関わることによって生じてくる際限のない自問自答というか,
そんなものが。(休題)

国際情勢論というのは,どのあたりの<関わり>なんでしょうね,
というのが,ぼくの<ポジションの問題>なんですよ。

<国家論>の問題
およそ人間が作っている様々な<共同体>のなかで,
<戦争>をするのは,国家だし,国家<だけ>なもんですから,
国家ってなんだい?という問いの答えをはっきりさせておかないで,
「せんそうはいかん」なんて云ってみても,ほとんど意味をなさないと思うのです。

「道義的立場のみよりこれを実現するの至難なるは,数千年の歴史が証明するところなり」
(石原完爾「戦争史大観」の冒頭より)ということですね。

なぜ,国家間の対立は<戦争>という形をとるのか,という風に問題をたてようと思います。

もし<戦争>が<国家>という共同体の本質に根ざすものなら,
戦争のない,来るべき社会で,<国家>は廃絶されるべきだし,
私<達>としては,どうすれば廃絶できるか,という議論に移ってゆくべきですね。
石原完爾の最終戦争論は,その歴史的限界を考慮に入れても,なんだかな〜と思いますし,
毛沢東の,戦争をなくすためには戦争しなければならない,というのもネ〜〜〜〜〜。

(閑話)石原完爾は,上掲の本の中で,
「体(人間の体)の戦法は人間戦闘の窮極である。今日の戦法は依然面の戦法と見るべきだが,
既に体の戦法に移りつつある。指揮単位は分隊から組に進んでいる。次は個人となるであろう。」
と書いている。パレスチナのゲリラ,欧米の特殊部隊などのことだな。(休題)

生まれた〜ときが悪いのかぁそれとも俺が悪い〜のかぁ〜〜〜〜と。
ぼくとしては,定家に倣って,
世上乱逆追討雖満耳不注之 紅旗 征戎非吾事!
と,むしろ云ってしまいたい!
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