>>神がかり政権を潰す
投稿者: light_cavalryman 投稿日時: 2002/04/26 17:45 投稿番号: [141012 / 177456]
>その、「世界の平和」というのは、どういう定義なんでしょうね。
>人々が幸せである事が平和と定義されるのか、たとえ不幸せであっても、
>秩序が保たれていれば平和と呼ぶのか、それとも、また別の定義でしょうか。
もちろん、あるべき平和は、争いの元となっているものについて、当事者たちが納得のいく公平な処置がなされてから実現する平和であって、一方の人たちの認められるべき正当な権利を完全に無視して、泣き寝入りを迫るようなやり方で実現したようなものであってはならないと思います。
「世界平和のために神がかり政権を潰すべきだ」という発言の「平和」がどちらを指しているかについては、実は特に意識してはいませんでした。
どういう形で中東和平が実現するかわかりませんが、旧約聖書に記された「約束の地」のすべてがイスラエルのものであって、手に入れるためには武力もテロも辞さないとする考え方がろくに罰も受けずに通ってしまうと、この地域の平和は結局不安定なものになると思うのです。そういうことを少しセンセーショナルな表現を使って言ってみたかったのです。
>「悪いことをしたのだから厳しい制裁を」という思想が広く蔓延する世界は、
>私にとっては幸せな世界だとは思えないんですね。
アメリカや日本でここのところ顕著になってきている、犯罪者たちの刑罰をもっと重くすべきだという風潮と一緒にされてはちょっと心外です。
イスラエルは度々武力を行使し、多くのパレスチナの人々を殺め、国連さえ認めていない地域を長期にわたって占領し、自国の領土として既成事実化してきました。このようなイスラエルは、アメリカの庇護のもと、ろくに罰せられもせずに今日までわがままし放題でした。
犯罪者の刑罰を重くしろと言ってるのではなく、罪を犯したものは罰せられるべきだと言っているつもりです。
>仮に過去に過ちがあったとして、それは、やり直せば必ずうまくいく
>(平和になる)ものでしょうか。もしくは、うまくいこうがいくまいが、
>間違ったのだから過去からやり直さないと、今後の平和はありえない
>ということでしょうか?
1947年の時点で、ユダヤの人たちが所有していたパレスチナの土地は7%ぐらいであるにもかかわらず、国連のパレスチナ分割決議案では、57%がイスラエルに割り当てられました。しかも、第一次中東戦争で77%をイスラエルは支配下に収めました。多くのパレスチナ人が難民となり、世界から見捨てられ、悲惨な生活を送ることになりました。それが今日まで続いています。
実際問題として、このへんについて何らかの考慮やフォローがなされないと収まりがつかないと思いますし、人道上からもパレスチナの人があまりにもかわいそうです。
自分たちとは異なる他の民族に属する人の権利をないがしろにするようなものの考え方は許されないと思いますし、平和とは敵対するものだと思います。
稚拙な宗教解釈で失笑を買うのを覚悟で申し上げますが、旧約聖書に書いてあることを一字一句正しいことだとして、無理矢理現実に当てはめようとする考え方は間違っているでしょう。バチカンだって、あれは「象徴」だとかおっしゃってなかったでしたっけ?
神様がこの書を人類のために残したとするなら、字義の一字一句に拘泥することを望まれたわけではなく、その書の奥に流れる本質的なものの考え方を学ぶことを人間に要求されたのだと思います。神様にとっては、地球が丸いとか、地球が太陽の周りを回っているとか、人間がチンパンジーから進化したとかいったことは枝葉末節なことだったのでしょう。そんなものは人類が知恵が進むにしたがって、自然に身につける知識なので口をさしはさむべきことだとは思われなかったのでしょう。人間に一番伝えたかったのは、隣人を愛し、正しきを望み、正しいことがやがて実現されることを信じる気持ちの大切さだったのではないでしょうか?
ユダヤの人たちに「神が約束された地」は、いまユダヤ人の方が実際に生活し、そこで糧を得ているところこそそうなのではないでしょうか? アメリカに渡った多くのユダヤ人たちは、そこが自分たちの暮らすべきところと考えているようで、イスラエルに行こうなんてことは全然思ってないみたいですよ。
>人々が幸せである事が平和と定義されるのか、たとえ不幸せであっても、
>秩序が保たれていれば平和と呼ぶのか、それとも、また別の定義でしょうか。
もちろん、あるべき平和は、争いの元となっているものについて、当事者たちが納得のいく公平な処置がなされてから実現する平和であって、一方の人たちの認められるべき正当な権利を完全に無視して、泣き寝入りを迫るようなやり方で実現したようなものであってはならないと思います。
「世界平和のために神がかり政権を潰すべきだ」という発言の「平和」がどちらを指しているかについては、実は特に意識してはいませんでした。
どういう形で中東和平が実現するかわかりませんが、旧約聖書に記された「約束の地」のすべてがイスラエルのものであって、手に入れるためには武力もテロも辞さないとする考え方がろくに罰も受けずに通ってしまうと、この地域の平和は結局不安定なものになると思うのです。そういうことを少しセンセーショナルな表現を使って言ってみたかったのです。
>「悪いことをしたのだから厳しい制裁を」という思想が広く蔓延する世界は、
>私にとっては幸せな世界だとは思えないんですね。
アメリカや日本でここのところ顕著になってきている、犯罪者たちの刑罰をもっと重くすべきだという風潮と一緒にされてはちょっと心外です。
イスラエルは度々武力を行使し、多くのパレスチナの人々を殺め、国連さえ認めていない地域を長期にわたって占領し、自国の領土として既成事実化してきました。このようなイスラエルは、アメリカの庇護のもと、ろくに罰せられもせずに今日までわがままし放題でした。
犯罪者の刑罰を重くしろと言ってるのではなく、罪を犯したものは罰せられるべきだと言っているつもりです。
>仮に過去に過ちがあったとして、それは、やり直せば必ずうまくいく
>(平和になる)ものでしょうか。もしくは、うまくいこうがいくまいが、
>間違ったのだから過去からやり直さないと、今後の平和はありえない
>ということでしょうか?
1947年の時点で、ユダヤの人たちが所有していたパレスチナの土地は7%ぐらいであるにもかかわらず、国連のパレスチナ分割決議案では、57%がイスラエルに割り当てられました。しかも、第一次中東戦争で77%をイスラエルは支配下に収めました。多くのパレスチナ人が難民となり、世界から見捨てられ、悲惨な生活を送ることになりました。それが今日まで続いています。
実際問題として、このへんについて何らかの考慮やフォローがなされないと収まりがつかないと思いますし、人道上からもパレスチナの人があまりにもかわいそうです。
自分たちとは異なる他の民族に属する人の権利をないがしろにするようなものの考え方は許されないと思いますし、平和とは敵対するものだと思います。
稚拙な宗教解釈で失笑を買うのを覚悟で申し上げますが、旧約聖書に書いてあることを一字一句正しいことだとして、無理矢理現実に当てはめようとする考え方は間違っているでしょう。バチカンだって、あれは「象徴」だとかおっしゃってなかったでしたっけ?
神様がこの書を人類のために残したとするなら、字義の一字一句に拘泥することを望まれたわけではなく、その書の奥に流れる本質的なものの考え方を学ぶことを人間に要求されたのだと思います。神様にとっては、地球が丸いとか、地球が太陽の周りを回っているとか、人間がチンパンジーから進化したとかいったことは枝葉末節なことだったのでしょう。そんなものは人類が知恵が進むにしたがって、自然に身につける知識なので口をさしはさむべきことだとは思われなかったのでしょう。人間に一番伝えたかったのは、隣人を愛し、正しきを望み、正しいことがやがて実現されることを信じる気持ちの大切さだったのではないでしょうか?
ユダヤの人たちに「神が約束された地」は、いまユダヤ人の方が実際に生活し、そこで糧を得ているところこそそうなのではないでしょうか? アメリカに渡った多くのユダヤ人たちは、そこが自分たちの暮らすべきところと考えているようで、イスラエルに行こうなんてことは全然思ってないみたいですよ。
これは メッセージ 140957 (katakurichan さん)への返信です.
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