>有事法制関連コラム
投稿者: katakurichan 投稿日時: 2002/04/05 22:11 投稿番号: [139803 / 177456]
nukeさん、私、ちょうど書きかけていたんですけど、やっぱりうまくまとまらなくて(隙だらけの文章になってしまうのよ、どーしてもー)、あーもー!とキャンセルしたとこです。せっかくなので、こっちのnukeさんの発言にレスをしますが。
池澤夏樹氏のコラムですけど、私は好きなので、何回か引用したことがあるのですが、仮に「論理的な帰結がいい加減な文章」だとしても、やっぱり、私は好きで読んでいるのですね。例えば冒頭、
「この一連の法案について、断片的にはいろいろな情報が伝わってくるのですが、しかしわかりにくい。」
と書いてありますが、つまり、このコラムは「有事法制に関して、わかりにくいと思うところを書くよ」っていうことだと思うのです。有事法制に反対だとはっきり言いたいわけなのではなくて、「こんなところが曖昧だが、これはふうに考えられないだろうか」というコラムだと思うんです。私はA新聞を実際には見ていないので、どういう紙面構成のどういうところにこのコラムが載せられているのかはわかりませんが、池澤氏自身は(A新聞はともかく)、オピニオンリーダーとしての文章を発表しているわけではないと思うんです。
読者は、思索のヒントとして、文章を読む。それでいいと思うのです。もちろん、これが気に入らない人は、「いい加減な文章だ」と言っていいと思います。隙がありすぎの文章だとしても、そういう隙の部分は読者が考えるんです(笑)
さて、例えば、このような部分↓
「非常の場合のために普段から準備をしておこうという主張はわかりやすいけれど、非常の場合の中身が問題です。現実的な脅威であることが立証されないかぎり、主張は安全を盾に取った脅迫でしかない。」
「脅迫である」と断定的に言うべきではないという主張があるかもしれませんが、例えば私は、有事法制について語る事が、何か、例えば、日本国民としての権利と引き替えに脅迫されているような感覚になることがあります。有事法制に賛成できないと、愛国心が無いかのように言われる、ここに住む資格が無いかのように言われる、そういうことが「安全を盾にとった脅迫」のように思われるのです。本来であれば、「何がより安全であるか」という試算をした上で現実的な対応をすべきなのに、「有事法制=保険、安心」という大前提が疑いもなく出されていることに、やはり不安を感じるわけです。そういうモヤモヤした気持ちを、池澤氏のコラムが代弁してくれているような感じ、何となく、語りにくい雰囲気のところで、こういうコラムが一人一人の力になって、とにかく語ることを怖がらない、そういう効果があるのではないかと思っています。
コラム後半、「〜ではないか、〜ではないか」といくつかの疑問文がありますが、そういう疑問を、実際に口に出してみる、発表してみる、そういうことで読者が意識する、啓発される、そういう効果が高いと思っています。
>読み手に突っ込まれたり違和感を感じさせるような文章を載せてはいかん(^^;。
あのですね、それについては、A新聞だってご商売ですから(笑)、はっきり言って、池澤氏の文章は客寄せ効果は大きいはずです。老若男女、広く愛されている作家です。というのは半分冗談ですが、でも、きっちりした論文的でない分、触発される部分が大きい文章を書く方だと思います。
>「うぉ、これは容易には反論できないなぁ」と唸るような有事法制反対コラムを
強く希望します(笑)>A新聞
ホントです、nukeさんが唸るところを見てみたいです。・・・・ところで、質問はもうちょっと後で、・・何から聞いていいやら・・・
池澤夏樹氏のコラムですけど、私は好きなので、何回か引用したことがあるのですが、仮に「論理的な帰結がいい加減な文章」だとしても、やっぱり、私は好きで読んでいるのですね。例えば冒頭、
「この一連の法案について、断片的にはいろいろな情報が伝わってくるのですが、しかしわかりにくい。」
と書いてありますが、つまり、このコラムは「有事法制に関して、わかりにくいと思うところを書くよ」っていうことだと思うのです。有事法制に反対だとはっきり言いたいわけなのではなくて、「こんなところが曖昧だが、これはふうに考えられないだろうか」というコラムだと思うんです。私はA新聞を実際には見ていないので、どういう紙面構成のどういうところにこのコラムが載せられているのかはわかりませんが、池澤氏自身は(A新聞はともかく)、オピニオンリーダーとしての文章を発表しているわけではないと思うんです。
読者は、思索のヒントとして、文章を読む。それでいいと思うのです。もちろん、これが気に入らない人は、「いい加減な文章だ」と言っていいと思います。隙がありすぎの文章だとしても、そういう隙の部分は読者が考えるんです(笑)
さて、例えば、このような部分↓
「非常の場合のために普段から準備をしておこうという主張はわかりやすいけれど、非常の場合の中身が問題です。現実的な脅威であることが立証されないかぎり、主張は安全を盾に取った脅迫でしかない。」
「脅迫である」と断定的に言うべきではないという主張があるかもしれませんが、例えば私は、有事法制について語る事が、何か、例えば、日本国民としての権利と引き替えに脅迫されているような感覚になることがあります。有事法制に賛成できないと、愛国心が無いかのように言われる、ここに住む資格が無いかのように言われる、そういうことが「安全を盾にとった脅迫」のように思われるのです。本来であれば、「何がより安全であるか」という試算をした上で現実的な対応をすべきなのに、「有事法制=保険、安心」という大前提が疑いもなく出されていることに、やはり不安を感じるわけです。そういうモヤモヤした気持ちを、池澤氏のコラムが代弁してくれているような感じ、何となく、語りにくい雰囲気のところで、こういうコラムが一人一人の力になって、とにかく語ることを怖がらない、そういう効果があるのではないかと思っています。
コラム後半、「〜ではないか、〜ではないか」といくつかの疑問文がありますが、そういう疑問を、実際に口に出してみる、発表してみる、そういうことで読者が意識する、啓発される、そういう効果が高いと思っています。
>読み手に突っ込まれたり違和感を感じさせるような文章を載せてはいかん(^^;。
あのですね、それについては、A新聞だってご商売ですから(笑)、はっきり言って、池澤氏の文章は客寄せ効果は大きいはずです。老若男女、広く愛されている作家です。というのは半分冗談ですが、でも、きっちりした論文的でない分、触発される部分が大きい文章を書く方だと思います。
>「うぉ、これは容易には反論できないなぁ」と唸るような有事法制反対コラムを
強く希望します(笑)>A新聞
ホントです、nukeさんが唸るところを見てみたいです。・・・・ところで、質問はもうちょっと後で、・・何から聞いていいやら・・・
これは メッセージ 139798 (nuketusetus さん)への返信です.
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