katakurichanさんへ
投稿者: worldtravellover 投稿日時: 2002/03/14 10:35 投稿番号: [138306 / 177456]
jp_zosoさんと、katakurichanさんのお二人に返事を書かねば、と思ったら、お二人の対話が行わているので、私はあまり言う事がなくなってしまいました。^^;
と思ったらやっぱり結構あったのですが…
>あのですね、「これは理想ですよね」って仰ってらっしゃるのですが、私自身は、理想だとかキレイ事だとか、そういうふうに思っているわけではないんですね。私は、マジメに・合理的に・損得勘定で・現実的に、考えた結果「非暴力」が有効な手段だという考えにいきついたんです。
損得勘定で、非暴力が有効、という考えに行き付いたとは少々驚きました。その論理を拝見したいと思いますが、他の方々とのやり取りで苦戦なさっているようですね。
最初に2点確認を。
私は、「これは理想ですよね」という言葉を「所詮無理」と言う意味では使っていないのです。一度きりの人生なら、理想を貫き生きるのもかっこいいもんでしょう、という意味ですね。
それから、行きついた方法は違うものの、私も「非暴力・不服従」「平和」を信じるものです。
では本題。(ようやく)
私が非暴力を思うのは、「人は人を殺しちゃいけない」という原則を信じるからです。
それは、人に殺されたくない、人に支配されたくない、という思いから発生しています。
ただ、非暴力を訴える時、それが暴力化してしまったら意味がないわけです。
>平和を追求する身にとって、たとえ戦時であっても非暴力を貫く、
>これは理想ですよね。
>その時、自分以外の「味方」の人にどうしますか。
>非暴力を貫く事を求めますか?
>それは、他者に「死」を求める事になりますよね。(私の文)
上記の文はその意味だったのです。
私は平和、特に非暴力による平和には、理屈付けは不可能と思います。理論化され、それが例えば戦争による解決より有利だ、という証明が仮にでたとしても、そこで、「相手を殺してでも自分は生き残りたい」と言う人に、「だめだ!」と言う事は既にそこで暴力に成り得ます。
平和主義者にも覚悟がある、と思うのはそのためですね。一応平常時にはそんな風に考えていますけれど、いざ、という時に出来るかは、自信は無いですね。訓練を受けた軍人だって戦場でパニックに陥る事があるのですから当然ですが。
これは メッセージ 138289 (katakurichan さん)への返信です.
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