Re: 正義の国
投稿者: nuketusetus 投稿日時: 2002/02/13 23:38 投稿番号: [135267 / 177456]
>果たしてそんな事をやる国でしょうか?
現在進行形ならやらないでしょうね。
50年前のアメリカなら、たぶんB−29の編隊を飛ばしてカブールもカンダハルも
木っ端微塵にしたと思いますよ。そこに住んでいる人ごと。1945.3.10の東京のように。
今回はカブールもカンダハルもあの当時の日本の都市のように一面の焼け野原には
ならなかった。その違いがこの50年の人間の進歩だと私は評価します。
>「戦争による外交を否定しない」と言われるのは、守るべきものには
>自らの血を流しても良いというお覚悟があると取って宜しいのですか?
case-by-caseですね。自分の血は人の血より大事ですから、場合によっては
アメリカが血を流すのを止めはしないが自分では血を流さないという選択をする
こともあるでしょうし、別の場合にはその逆もあるでしょうね。
>できるだけ自国の血は流さず、空爆で済まそうとするのは。
>また「誰も空爆より効果的な方法を思いつけなかった。」とは
>アメリカの代弁として言われているのですか?
私がブッシュ大統領の立場でも、遅かれ早かれ空爆のGo signは出したと思います。
そういう意味で「代弁」と取られるのであればYesと取ってもらって結構です。
>現在進行形では判断の難しい事と私は思うのですが。
50年後の歴史の教科書には何と書かれるでしょうね。何にせよ、目の前で
旅客機がビルに突撃した様を見せられた時に、国民にあと50年待ってくれとは
言えないところでしょう。
>そこには日常の経済的優位を守る為だけの冷酷な計算しか見えないのです。
そうですね、冷酷な計算もあるでしょう。別にアメリカの正義なんて信じてません。
国際関係は冷酷だと思いますよ。だからこそ、軍事も含めあらゆる選択肢を排除せず、
時には堂々と、時には姑息に、また時には冷酷に振る舞うことが私は必要だと思います。
その中で、必要以上に血を流すことのコストを冷静に計算できるのであれば、
過去の狂信的な指導者より多少は知恵が回ると言って良いのではないでしょうか。
そしてその「必要」という閾値をどこに置くか、それがkatakorichanとの論点だと
私は思っています。
>それが人類の知恵だとすると、 原爆も納得する所以ですか?
あの当時は一瞬で15万人という死者数が、必ずしも「過大」とは言えない時代でした。
7年間で6000万人が死んだ時代に、今と同じメンタリティで道理を求めても
それほど意味のあることだとは私は思いません。
というわけで以後は横道に逸れますが。
確かに広島・長崎は悲劇でした。爆弾を落としたアメリカがその悲劇から目を背け、
自らの正義を盲信している様は見ていて醜悪に映ります。
ではその1945年8月に、艦も飛行機も燃料もなく、日々空襲で生きながら焼き殺される
国民のことを知りつつ、国体護持を唱えながらその悲劇に目をつぶり、ついに
8月6日と9日を迎えてしまった日本政府は同じくらい醜悪なのではありませんか?
1944年秋に連合艦隊が事実上消滅したタイミングで、あるいは遅くとも沖縄陥落の
タイミングで無条件降伏していたなら、原爆の被害は避けられた。そう思います。
>いかなる知恵も否定し、人類の滅亡も簡単な事としてしまう
>恐るべき知恵に見えますが。
原爆であれ、毒ガスであれ、今ではそれらを戦争には用いないというコンセンサスが
生まれつつあります。CTBT体制を拒否し、国内で核実験を強行するアメリカでも、
アフガニスタンで核兵器は使わなかったですし、今後、自らが核戦争の当事者になる
とは想定していないでしょうね。(備えはまた別ですが)
今後、アメリカが核兵器の実戦での使用に踏み切ったなら、そのときは遠慮なく
「馬鹿」と言わせてもらいますよ。
現在進行形ならやらないでしょうね。
50年前のアメリカなら、たぶんB−29の編隊を飛ばしてカブールもカンダハルも
木っ端微塵にしたと思いますよ。そこに住んでいる人ごと。1945.3.10の東京のように。
今回はカブールもカンダハルもあの当時の日本の都市のように一面の焼け野原には
ならなかった。その違いがこの50年の人間の進歩だと私は評価します。
>「戦争による外交を否定しない」と言われるのは、守るべきものには
>自らの血を流しても良いというお覚悟があると取って宜しいのですか?
case-by-caseですね。自分の血は人の血より大事ですから、場合によっては
アメリカが血を流すのを止めはしないが自分では血を流さないという選択をする
こともあるでしょうし、別の場合にはその逆もあるでしょうね。
>できるだけ自国の血は流さず、空爆で済まそうとするのは。
>また「誰も空爆より効果的な方法を思いつけなかった。」とは
>アメリカの代弁として言われているのですか?
私がブッシュ大統領の立場でも、遅かれ早かれ空爆のGo signは出したと思います。
そういう意味で「代弁」と取られるのであればYesと取ってもらって結構です。
>現在進行形では判断の難しい事と私は思うのですが。
50年後の歴史の教科書には何と書かれるでしょうね。何にせよ、目の前で
旅客機がビルに突撃した様を見せられた時に、国民にあと50年待ってくれとは
言えないところでしょう。
>そこには日常の経済的優位を守る為だけの冷酷な計算しか見えないのです。
そうですね、冷酷な計算もあるでしょう。別にアメリカの正義なんて信じてません。
国際関係は冷酷だと思いますよ。だからこそ、軍事も含めあらゆる選択肢を排除せず、
時には堂々と、時には姑息に、また時には冷酷に振る舞うことが私は必要だと思います。
その中で、必要以上に血を流すことのコストを冷静に計算できるのであれば、
過去の狂信的な指導者より多少は知恵が回ると言って良いのではないでしょうか。
そしてその「必要」という閾値をどこに置くか、それがkatakorichanとの論点だと
私は思っています。
>それが人類の知恵だとすると、 原爆も納得する所以ですか?
あの当時は一瞬で15万人という死者数が、必ずしも「過大」とは言えない時代でした。
7年間で6000万人が死んだ時代に、今と同じメンタリティで道理を求めても
それほど意味のあることだとは私は思いません。
というわけで以後は横道に逸れますが。
確かに広島・長崎は悲劇でした。爆弾を落としたアメリカがその悲劇から目を背け、
自らの正義を盲信している様は見ていて醜悪に映ります。
ではその1945年8月に、艦も飛行機も燃料もなく、日々空襲で生きながら焼き殺される
国民のことを知りつつ、国体護持を唱えながらその悲劇に目をつぶり、ついに
8月6日と9日を迎えてしまった日本政府は同じくらい醜悪なのではありませんか?
1944年秋に連合艦隊が事実上消滅したタイミングで、あるいは遅くとも沖縄陥落の
タイミングで無条件降伏していたなら、原爆の被害は避けられた。そう思います。
>いかなる知恵も否定し、人類の滅亡も簡単な事としてしまう
>恐るべき知恵に見えますが。
原爆であれ、毒ガスであれ、今ではそれらを戦争には用いないというコンセンサスが
生まれつつあります。CTBT体制を拒否し、国内で核実験を強行するアメリカでも、
アフガニスタンで核兵器は使わなかったですし、今後、自らが核戦争の当事者になる
とは想定していないでしょうね。(備えはまた別ですが)
今後、アメリカが核兵器の実戦での使用に踏み切ったなら、そのときは遠慮なく
「馬鹿」と言わせてもらいますよ。
これは メッセージ 135257 (kisimenjp さん)への返信です.
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