☆戦争と平和☆
投稿者: kisimenjp 投稿日時: 2002/02/06 23:10 投稿番号: [134324 / 177456]
平和と言う言葉が、世の中に実在するならば
それは戦争の反対側にある「いとなみ」だろうか?
人の一生が、生と死の対極のはざまで、生きるとは何か?
死とは何か?
愛とは何か?
人間の存在とは何か?
善とは悪とは何か?
と問い続けることと同じように。
それなら、生がなければ死はなくて、平和がなければ、戦争もない
それとも戦争があるから、平和もあるのか?
「ある」と「ない」の間には、何がある。
人生五十年、夢うたかたの幻と…信長が
「宇宙とは何か、存在とは何か、その真実とは何か
死するべき者として我々が、真実に生きて死ぬとはどういうことなのだ」
(池田晶子
二千一年哲学の旅)より
『汝自身を知れ』…ソクラテス
すべての問いかけを、「ロゴス・言語」で、語り得るかのように
語る事を封じる人、真実を求め、疑いにより獄中にあり
「悪法もまた法である」と毒杯をあおる。
存在の不確かさを考えるのが「哲学」であると。
「(生き延び)の原理が、本能に合致し、物だけに着目し、その見方を
基本に据えた自然科学、そういう勢力が大勢を占める。効率と経済に
価値観を置いて、魂への配慮と知の希求を置き去りにして」
(藤澤令夫
プラトンの哲学)
「テロ」も「報復」もそこに、どんな確かな物をみて、その行動を起こしたのか?
どちらが「生き延びの原理」を、自分だけに許された事として、
他には許さないとの意志で動いているなら
確かさを疑い、汝自身を知れと、毒杯をあおる人の問いかけは?
あまりに「哲学的」でない「哲学的」問いかけも
ひねくれ者に許される問いかけと!
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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