用務員:「グローバル化を論ず」・・・・
投稿者: ttwz_x 投稿日時: 2002/02/06 21:01 投稿番号: [134278 / 177456]
・・・とか行きましょうか・・・・・リールくーん。
「グローバル化に善・悪なんてあるのか・・・」と以前、リール君が叫んでいた。正に、僕もそう思う。
グローバル化は、基本的には、エントロピーみたいなもので、文明・文化の不可逆的な拡散(高いところから低いところ、又は、強い所から弱いところへ拡散する)現象と捉えるべきではないか。それは、歴史的必然みたいなものであり、過去の人類の歴史もその積み上げであり、その規模が、今グローバルな段階に来たのだと考える。
その様な認識を前提に考えるとした場合、今起きている様々な問題は、その’現象’(=グローバル化)に対して、世界が、又は、それぞれの国がどの様に対処すべきかという問題として考える事になる。
では、その動きにどう対処するかだが、問題は、
1.まず、始めに、「世界の政治・経済の望ましい最終的な姿」とは何かである。
2.次に、いまの様々な対応策(WTOなど)は、その望ましい姿に向かった’試み’かどうか。
3.そして、現在の様々な試み(WTO)が、それぞれ適正なプロセスですすめられているか。
という問題として整理しなければならない。
さて、僕はどう考えるかだが、
1.「望ましい最終的な姿」は、仮にであるが、’各国が固有の文化的・経済的な存在価値を主張出来る様な状態’と考える。経済的な地域・国間の格差を全くなくす事は理想ではあるが出来ないだろう。しかし、努力はなされなくてはならない、すべての国の、その経済的な存在を尊重しながら。(ただし、軍事的には何らかの集団的安全保障の枠組みの中で安全・独立を維持確保できる状態を考える)
2.グローバル化が必然(避けられるものではない)ならば、それに対応する現在の幾つかの試み(WTOなど)は、より積極的に取組むべきものである。
注:グローバル化を促進せよという意味ではなく、グローバル化という’現象’に対処する’試み’には、より積極的に取組むべきであるという意味で。何故なら、それらの試みは、既に多くの問題を既に引き起こしているからである。
3.まず、それらの’試み’は、その「善なる部分」と「悪なる部分」を明確にし、「善なる部分」を進め、「悪なる部分」を限りなく少なくする様努力しなくてはならない。いうまでもなく、その「善なる部分」「悪なる部分」は、「望ましい最終的な姿」に近づけるもの、遠ざけるもので判断しなくてはならない。
あらゆる’試み’には、「悪なる部分」が伴うことは、避けられないものであり、いかにその「悪なる部分」を小さく出来るかが、望ましい最終的な姿の実現に大きく関わる。
4.敢えてその’悪’なる側面について触れるならば、
・グローバル化の中で翻弄される政治的・経済的後進弱小国家をグローバル化の動きに対処出来る力を持つまでは(=一定の要件を備えるまでは)、先進国家群がその国を、一時的には保護し、見守り、出来れば早く同調出来るように支援すべきである。
(排除・制裁などの圧力を掛けるのではなく)
・何故ならば、現に起きている問題を無視したり、我慢や忍耐を強いることは、正に「世界の望ましい最終的な姿」への回り道になると考えられるし、又、テロ国家群を育てる事になる。
・又、その’試み’から経済破綻等で脱落した国の場合も、一定の要件で、前記同様の救済措置を講じる必要がある。
以上、’グローバル化’=’善悪’という問題の受け止め方そのものに疑問をもっていましたので、問題の捉え方そのものから、僕なりに整理してみました。
・・・・・ご意見を是非。
用務員
「グローバル化に善・悪なんてあるのか・・・」と以前、リール君が叫んでいた。正に、僕もそう思う。
グローバル化は、基本的には、エントロピーみたいなもので、文明・文化の不可逆的な拡散(高いところから低いところ、又は、強い所から弱いところへ拡散する)現象と捉えるべきではないか。それは、歴史的必然みたいなものであり、過去の人類の歴史もその積み上げであり、その規模が、今グローバルな段階に来たのだと考える。
その様な認識を前提に考えるとした場合、今起きている様々な問題は、その’現象’(=グローバル化)に対して、世界が、又は、それぞれの国がどの様に対処すべきかという問題として考える事になる。
では、その動きにどう対処するかだが、問題は、
1.まず、始めに、「世界の政治・経済の望ましい最終的な姿」とは何かである。
2.次に、いまの様々な対応策(WTOなど)は、その望ましい姿に向かった’試み’かどうか。
3.そして、現在の様々な試み(WTO)が、それぞれ適正なプロセスですすめられているか。
という問題として整理しなければならない。
さて、僕はどう考えるかだが、
1.「望ましい最終的な姿」は、仮にであるが、’各国が固有の文化的・経済的な存在価値を主張出来る様な状態’と考える。経済的な地域・国間の格差を全くなくす事は理想ではあるが出来ないだろう。しかし、努力はなされなくてはならない、すべての国の、その経済的な存在を尊重しながら。(ただし、軍事的には何らかの集団的安全保障の枠組みの中で安全・独立を維持確保できる状態を考える)
2.グローバル化が必然(避けられるものではない)ならば、それに対応する現在の幾つかの試み(WTOなど)は、より積極的に取組むべきものである。
注:グローバル化を促進せよという意味ではなく、グローバル化という’現象’に対処する’試み’には、より積極的に取組むべきであるという意味で。何故なら、それらの試みは、既に多くの問題を既に引き起こしているからである。
3.まず、それらの’試み’は、その「善なる部分」と「悪なる部分」を明確にし、「善なる部分」を進め、「悪なる部分」を限りなく少なくする様努力しなくてはならない。いうまでもなく、その「善なる部分」「悪なる部分」は、「望ましい最終的な姿」に近づけるもの、遠ざけるもので判断しなくてはならない。
あらゆる’試み’には、「悪なる部分」が伴うことは、避けられないものであり、いかにその「悪なる部分」を小さく出来るかが、望ましい最終的な姿の実現に大きく関わる。
4.敢えてその’悪’なる側面について触れるならば、
・グローバル化の中で翻弄される政治的・経済的後進弱小国家をグローバル化の動きに対処出来る力を持つまでは(=一定の要件を備えるまでは)、先進国家群がその国を、一時的には保護し、見守り、出来れば早く同調出来るように支援すべきである。
(排除・制裁などの圧力を掛けるのではなく)
・何故ならば、現に起きている問題を無視したり、我慢や忍耐を強いることは、正に「世界の望ましい最終的な姿」への回り道になると考えられるし、又、テロ国家群を育てる事になる。
・又、その’試み’から経済破綻等で脱落した国の場合も、一定の要件で、前記同様の救済措置を講じる必要がある。
以上、’グローバル化’=’善悪’という問題の受け止め方そのものに疑問をもっていましたので、問題の捉え方そのものから、僕なりに整理してみました。
・・・・・ご意見を是非。
用務員
これは メッセージ 134262 (li__il さん)への返信です.
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