katakorichan様へ
投稿者: pinkfalkon 投稿日時: 2001/12/24 09:11 投稿番号: [127465 / 177456]
レスが遅くなり申し訳ありません。
私は、価値ある死とは2つのが種類あると考えます。
1つは、その死に至る行為により1つの死以上の価値を生み出すこと。
例えれば、溺れている2人の子供を助ける為に海に飛び込み2人の子供を助けることは、
出来たが自分は力尽きて亡くなってしまったと言うようなこと。
もう1つは、その死に至る行為には1つの死以上の価値を生み出すことはないが、
残された人々がその意思(無念)を引継ぎ価値あるものにすること。
例えれば、昨年の新大久保駅の事故があたるのではないでしょうか。
その死に至る行為についてはその勇気は称えられべきですが、
転落された方を助けることが出来なかったという点においては、蛮勇といわれてもしょうがないものであったと思います。
しかし、その事故の結果、新大久保駅に退避出来る場所が設置された結果、
将来の事故を防いだということにより、彼らの死は価値有るものになったと思います。
以上書かせていた通り、ateoetaさんの書かれていたように”死”にはほとんどのものが、絶対値としての価値はありません。
ですから後に残された我々が、価値あるものにしていかなければならないのです。
死を悼んでいるだけでは、残された人間はダメだと思います。
極論ですが、死刑囚の死も、その事実により将来犯罪を思い留まらせることができたならば、
価値有る死ではないでしょうか。
これは メッセージ 127146 (katakorichan さん)への返信です.
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