まず言葉が
投稿者: hal1004 投稿日時: 2001/12/21 17:51 投稿番号: [126994 / 177456]
>言葉のコミュニケーションの
世界ですから、言葉を大事にすることは時にはいいことですね。
と、いうふうな書き方をしてしまうnuketusetusさんには関心のない事かもしれませんが、私は、言葉がまずありき、だと思っています。
思想がまず存在して、それを外部に表出するための道具が言葉・・・というのではなく、まず言葉があってそれによって思想が作られていくのである、というふうに。
例えば、投稿するときも、最初は漠とした思いだけで文章をつづっていく。どう表現したら伝わるか苦闘していくにつれ、考えそのものがくっきりとしてくる。
こういう経験はないでしょうか?
そういうふうに出来た「考え」は、もとからあったものがクリアーになったというふうに錯覚しがちですが、言葉と同時にまさしく作られるときもあるのではないか?
とりあえず言えるのは、言葉のみが外部にとって確実だ、ということです。(ときには自分自身という外部にとっても)
思想や気分や感情は、言葉がなければ無いと同然だし、何か言葉以外のものによってそれらの存在を計測できるわけではない。あるいは、何も考えがなくても言葉の働きで考えがあるかのように装うこともできます。(ときにその装いは、自分自身も気づかない!)
幼稚園児と付き合えば、彼らが、殆ど何も考えてないのに、いかにも考えてるような言葉使いを習得してしまうのに驚きます。
したがって、例えば、言葉使いの乱れているひとは、まさしく思考の乱れたひとであるし、間違いを気にしないような人は、コミュニケーションを軽視した人だ、というふうにも言えます。
結局最後になって、別のひとに言いたいことを、nuketusetusさんへのレスという形で書いてしまいました。
以前のお返しです。お礼という意味での。
これは メッセージ 126965 (nuketusetus さん)への返信です.
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