対米全面テロ

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中村 哲さんのお話 Ⅰ

投稿者: jyorujyusando 投稿日時: 2001/11/25 06:44 投稿番号: [119322 / 177456]
中村   哲←さんでした。

  わたしの聞けた範囲をほんの一部ですが、
  要約してみます・・・全国放送されたから、伝えていいよね。
    (日曜朝の宗教の時間かと思うんで、
    多分再放送が週遅れの土日かにあると思います)

  (タリバンはそもそも)アフガンの一市民が、農民が武器を手にして、自分たちを守っている。

  長い戦いのつづく中で、そこに入っていって、ただ、そうなんだつらいねと一緒になって泣くんじゃなくて、
  これやれ、あれやれとできることをどんどんさせてゆく。
  こっちが上から偉そうにというんじゃなくてね・・・。

  自分の生命が、人の生命が助かることにつながっているという”希望”を持てるようにするんですね。
  おぼれる人を助けたら、自分もとてもうれしいですね。
  たとえばあばれんぼうがいたら、そいつが働ける事で国が守れるならそうしたらとも言って、
  いわば、それまで殺してきたぶんを償うとそんなふうにする・・・。

  そもそもイスラムはたとえ、敵といえどもたよってきた人は必死に守る、
  そういう習慣なんですね。

  それと、イスラムは目には目をですから、こちらが2人殺されたら、
  ちょうど2人を殺し返さないと、へんに思われるような殺し返してあたりまえの世界なんですね。

  内戦で270万人が非難していて、
  湾岸戦争の後、内戦が終わったからと200万人が空家や荒れ果てた土地に帰ってきた時がありました。
  その時もライフルを捨てて、その手で、自然にクワを持って耕しはじめるんです。
  前線で戦っていた人たちが、人が変わったように農民として働いているんです。

  ペシャワ−ル会がアフガンに入って、
  1993年に悪性マラリアが大流行して、5000数百名がなくなりました。

  村々でも、家族がバタバタなくなっていくんですね。
  すると遠くから薬をくれとやってくるんです。
  その対応を懸命にしてたのですが、一日に診れるのにもかぎりがあります。
  そうすると薬をくれといわば銃撃?になって、2人こちら側で亡くなったんです。

  でも、その時にわたしはクリスチャンですから、復讐はするなととめたんですね。

  周りのみなは、なぜだ!と、
  ここでは、そんなことでは馬鹿にされると、とてもびっくりされた・・・
  しかし、ガンとしてやめさせた。それが結局はよかったのです・・・。
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