対米全面テロ

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>1940年後半の世界

投稿者: marchingpeople 投稿日時: 2001/11/21 15:57 投稿番号: [118527 / 177456]
>1940年後半の時代を生きていない私には想像することしかできませんが、
>あの時代、経済面を重視した封じ込め政策をとるという選択肢は現実的だったでしょうか。
>その数年前まで、数千台の戦車、数万機の軍用機、数百万の歩兵とその10倍の民間人が
>血で血を洗う戦いを繰り広げて、それが終結した直後の政治家のメンタリティで。
>…兵士はそれを願ったかもしれませんがね。

っていうか、大戦中に仲間として戦いながら、ソ連に潜在的な脅威を感じて、大戦中に米国が対決する事に決めたんですよね、原爆投下はソ連に対しての威嚇の意味もあったはずです。


戦後すぐに植民地支配が無くなったわけでなく(実際イギリス、フランスなんかは、中東、アジアなんかに持ってましたから)、ソ連だけが持たないとは当時の政治家が考えるはずもなく状況としては理解できますが、「均衡の論理」名の下で苦しんだ衛星国の市民もいましたし、お互いの敵意が抜き差しならない状況になる前に解決しようと努力したわけではありません。
あくまでも自国の利益のそった外交方針です、それ自体非難されるものではないですが、軍事力を全面に出して「自由と正義」のためとすり替えて正当性を主張し、自衛のためでなく代理戦争を仕掛ければ批判されて当たり前です。そして米国の自国の脅威となるものは徹底的に排除する方針は現在も変わってません。

核戦争についてですが、一番その危機が高まったのはキューバ危機ですよね、あれだって裏庭にミサイルを置かれたら防げないってだけでヒステリックになったんですよね、その前から防ぎようのない欧州から見れば自分勝手と感じる人もいると思いますけど。
それで、このときの交渉に敗れたことを屈辱に感じていた、フルシチョフの次の書記長ブレジネフが「平時の軍事力が対等でなければ交渉にも勝てない」と決意して軍事に傾倒していき、不凍港を求めたアフガニスタン侵攻の遠因になったはずです。


経済面というのは封鎖ではなく、本当に共産主義より優れているのなら(そう考えてますが)、勝手に繁栄してれば良かったってことです。要は、単純に軍事力だけに頼る政策でなく緻密な外交をやってくれと言いたいわけです。
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