義経の話
投稿者: aradinnodeshi 投稿日時: 2001/11/13 14:40 投稿番号: [115929 / 177456]
どうも情緒に流れがちで,ご指摘ありがとうございました。
ところで,源義経の屋島攻略の話。
梶原景時の猛反対を無視して,少数の手勢とともに,
風雨を突いて大阪湾から紀伊水道を船で押し渡り,
(3日の行程を4時間で渡ったという)
阿波の国は桂浦に流れ着いたあと,
義経は何をしたか?
・・・まず景気づけに桜庭氏という地方(田舎)平氏一族の館を奇襲して,
女子供と云わず皆殺しにした。
これは,屋島の平氏に伝令がゆくと困るからと云う理由。
・・・それから,通常2日行程の讃岐の山を1日で越え,
屋島を指呼の間において,軍勢を大きく見せるために
(義経の軍勢は80騎そこそこ)
そこら中の農家民家に放火して回った。
すっかりだまされてあわてふためいた屋島の平氏は,海上へ逃げ,
ために屋島の平家本陣はたやすく陥落したという。
戦争(戦闘)というのはそういうものなのさ,と云ってしまえば
それでおしまいなのですが,どちらが勝とうが負けようが,
皆殺しにされたり,家を焼かれた人々にとっては,かなりひどい話ですね。
いま,アフガンではこれに類することが
数限りなく起こっていると思います。
そうして,私たちはといえば,間違いなく,
なんのことやらよくわからないままに,皆殺しにされたり,家を焼かれる人々の側にいます。
そのポジションが僕の<反戦>の根拠です。
・・・・こんごともよろしく。m(_ _)m
これは メッセージ 115891 (x_file_molder さん)への返信です.
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