髭と髪と纏足
投稿者: aradinnodeshi 投稿日時: 2001/11/12 23:05 投稿番号: [115315 / 177456]
明の将軍呉三桂の手引きによって,
後に清朝を起こす満州族摂政ドルゴンが,李自成を放逐して紫禁城に入城したあと,
全中国を支配する中華帝国をめざして下した令旨は,
「髪をとどめるものは頭をとどめず」
と云うものであった。
(もちろんそれだけではないが)
つまり,明朝が支配していた全中国の男性に,
頭頂を剃って,後ろに長く髪を垂らす,いわゆる<弁髪>を強制したのだ。
以来,約300年間,清朝が辛亥革命によって滅びるまで,
弁髪は中国人男性の標準的なヘアスタイルとなった。
たとえば毛沢東は,その弁髪を切って,清朝に抵抗する証としたそうだが,
その行為は,周囲の家族や友人に驚きをもって見られたという。
また,清朝末期,洪秀全を首領とした太平天国軍は,
弁髪とともに,唐末以来,中国上流社会で盛行した女性の纏足も禁止した。
(清朝康煕帝の治世に一度禁止されているが,全く効果がなかった。)
しかし,その太平天国軍(拝上帝会)では,
決起に参加した人々の財産はすべて提出させて軍の管理下におき,
男女は夫婦であれ兄妹であれ別棟に隔離させられ,
その軍律によれば,密会は死罪を適用されたという。
(なんとなくタリバンを彷彿させるな〜。)
中国女性の纏足という習慣がほぼ廃絶されたのは,
ようやく中華民国になってからのことである。(なんと,千年以上!)
ところで,毎朝髭を剃るという,なんの根拠もない妙な風習や,
機能的には合理性のかけらもない,スーツなどという服装や
ネクタイという奇天烈なアクセサリーが消えてなくなるのは,
いったいいつのことやら?
これは メッセージ 115270 (tenshinokiseki さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/bpjfa4lla5fa5m_1/115315.html