合理的な文化を怖れてはならない
投稿者: tenshinokiseki 投稿日時: 2001/11/08 22:31 投稿番号: [113849 / 177456]
文化は少しでも合理的な方へと変わっていく。
日本語を大切にする必要性がはたしてあるだろうか?
大切にするあまり、世界に対し上手く発言できないんじゃないか?
イスラム文化を大切にする必要性がはたしてあるだろうか?
大切にするあまり、不平等、性差別が生まれるんじゃないか?
日本には白鷺城と呼ばれる姫路城がある。日本で一番美しいと言われる城だ。
人々はその優美さから、いにしえの心を懐かしむ心地よい気分を与えて貰える。
だが、姫路城はそんな現代人の心を和ませるために造られたわけではない。
観光客を楽しまれる為に造られたわけではないのだ。
元々、領主の権威を示すため、外敵から領国を守るために造られている。
しかし、今になってもその偉大さは変わらない。
領主の都合なんか、無視してでも捨て去ってでも偉大さは変わらない。
そのものの意味を変えてしまっても、偉大な物は心を打つ。
ここでよーく考えてみるべきだ。
アメリカに染まった日本でも、姫路城のその偉大さは変わらないんだ。
独自の文化を大切にしよう、という考え方がある。
しかし、非合理な文化を合理的な文化に変えても、人間は決して困らない。
それどころか、多くの人間が幸せになる。
そんな単純な事に、意味もなくビビっている奴が多すぎる。
合理的な文化を受け入れても、アメリカ文化は過去を壊さない。
過去を壊す文化は、へーきで石仏を壊すような宗教国家だ。
世界がアメリカを受け入れたとき、
初めて世界平和が訪れるということを知るべきだ。
これは メッセージ 113479 (matwo_5656 さん)への返信です.
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