対米全面テロ考察
投稿者: nekoyan3sei 投稿日時: 2001/09/12 20:59 投稿番号: [11383 / 177456]
今求められるのは犠牲者を痛む心と、狂気の原因を冷静に見据える視点である。犯行を起こした勢力が特定し得ない現状において、軽々しい事はいえない。しかし事件の背景にあるのが偏狭と狂気であるにせよ、それが支持される素地を育てたのは、アメリカの外交姿勢であることは明らかだ(ミリシアの犯行ならば国内問題とも言えるが)。テロ行為、特に今回のような無差別に一般人を巻き込む犯罪行為が、許しがたいのは当然だ。だが、もしアメリカが今回の事件への報復行為に出たとしても、我々は容易に賛同するべきではない。奇麗事をと言えばそれまでだが、所詮報復は報復を、憎悪は憎悪しか招かない。それは歴史教科書を開かなくとも分かることだ。犯罪は法にてらして裁かれるべきである。世界各国が法治国家を名乗る以上、特例は認められるべきでない。無法に対して無法を行使することを認めれば、ナチスの蛮行から力の論理しか学べなかったイスラエル(無論、真に和平を望む人々もいるが)と同じ悲劇が、全世界に広がりかねない。愚見だが、最近密かに恐れるのは、グローバルの時代と言いながら、一方で世界中に極端な内向きの姿勢が広がっていると思える事だ。自分探しと自己愛だけでは何ら前進は無い。それは個人にも、集団にも言える。個の特色とは対象が存在してこそ成り立つのだ。他者を否定し続けるのは、自己という枠組みに埋没する行為である。人類は最早、宗教、主義、国家の体面等による、愚劣な抗争に明け暮れている時間は無いはずだ。今回の悲劇を契機に、陣営等無関係に外向きの視点が広がることを望む。でなければ我々の文明は余りに不条理で、虚しすぎる。
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