Re イスラムの女性
投稿者: peacekeeper_jp 投稿日時: 2001/11/08 19:59 投稿番号: [113756 / 177456]
ここ↓のHPを開いて下記の文を送っておきました。
イスラムの女性という観点からはそうかもしれませんが、
タリバン政権下の女性については下記のような記事も
あります。
これについてはどのようにお考えですか。
アフガニスタンの政府「マドゥ」は女性に対して戦争をしています。
1996年にタリバン政権になってから女性は
「ブルクヮ」を着なければなりません。そして決められた服装を
していなければ、たとえそれが単に目の前に網を下げていないというだけのことでも、公衆の面前で殴られたり
石攻めにあったりするのです。
一人の女性は運転中にたまたま腕があらわになったというだけで、怒った正統派の群衆に死に至るまで殴られました。
もう一人の女性は親戚ではない男性と国外に出ようとして石攻めに会い死亡しました。
女性は働くことを許されませんし、外出も身内の男性と一緒でなければならないのです。
教授、通訳、医者、弁護士、芸術家、作家などのプロフェッショナルな女性達は職を奪われ 家に閉じ込められています。
女性のいる家はすべての窓にペンキを塗り
屋外の人間の目に触れないようにしなければなりません。
彼女等は音の立たない靴を履き人の耳に触れないようにしなければなりません。ほんの些細な行動の過ちに
命を奪われる恐怖の中に女性達は生きています。働くことが出来ないので、身内に男性がいない
女性や夫のいない女性達は、たとえ博士号を持っていても餓死するか、通りで物乞いするしか
ありません。
意気消沈が広まり緊急状態に到達しています。このように極端な回教徒の社会においては確実な
自殺率を知ることは不可能ですが、救助隊員たちは女性の自殺率は極端に高いと憶測しています。
極端な意気消沈のための適切な薬や治療を見つけることの出来ない場合、彼女等はそのような状況
の中で生きていくよりは自らの命を断つことを選ぶのです。
めったに無い女性のための或病院で、或報道者がベッドに「ブルクァ」に包まって横たわり、
身動きもしない虫の息の「身体」を見つけました。話すことも、食べることも、或いはなにかする
気力も無い状態で、ゆっくり死に向かっていたのです。他には気が狂ってしまい片隅に縮こまって前後に
身体を揺すっていたり、泣いていたりする人もいました。
彼女等の殆どは恐怖のためにそうしているのです。或医者は、少しばかり残っていた薬がついに無く
なってしまったら、抗議の意味で彼女達を首相官邸の門前に置いて来ようかと考えています。
「人権冒涜」と言う言葉が控えめな表現と言える時点に来ています。夫達には身内の女性達の、
特に彼等の妻の生死に関して権利がありますが、怒っている群衆にも、しばしば死に至るまで女性を石攻めにしたり、
殴ったりする権利があるのです。たとえその原因が僅かに肌を露わにしたとか彼等を
些細なことで侮辱した
とか言うだけのことでもです。
女性達は1996年までは比較的自由に働いたり、好みで衣類を選んだり、運転したり、
公の場所に一人で出て行くことが出来ました。
この変遷の急激さが意気消沈や、自殺の主な理由です。一度は教育者や医者だったり、或いは単に
基本的な人間の自由ということに慣れていた女性達は、今や右翼正統派回教の名のもとに
人間以下の扱いを受け、厳しく制限されています。それは彼等の伝統でも無ければ、「文化」でも
ありませんし、彼等にとっては異邦のものです。そして正統派回教が規律である文化において
さえ極端なことです。
誰もが、たとえ回教国の女性であっても、
人間として我慢出来る程度に存在する権利は持っています。
もし少数アルバニァ人の人権の名において
コソヴォを軍力で脅かすことが出来るなら、
世界人民はタリバン政権が犯している女性に対する抑圧、殺害、権利侵害について穏やかに
言語道断の意志を表現出来る筈です。
声明
ここに署名することによって私達はアフガニスタンにおける現在の女性の扱いは全く受け入れられない
ものであること、またこの事実は国連の行動を受ける価値があること、そして現在の海外の状況は黙認
出来ないことに同意します。女性の権利はどこにおいても小さな課題ではありません。
2001年の女性が所有物同様に人間以下の扱いを受けることは受け入れることが出来ません。同様に人間として
の品位は基本的権利であって、アフガニスタンに住もうと他のどこに住もうと自由は人間が基本的に持って
いるものであって、与えられるものではないのです。
イスラムの女性という観点からはそうかもしれませんが、
タリバン政権下の女性については下記のような記事も
あります。
これについてはどのようにお考えですか。
アフガニスタンの政府「マドゥ」は女性に対して戦争をしています。
1996年にタリバン政権になってから女性は
「ブルクヮ」を着なければなりません。そして決められた服装を
していなければ、たとえそれが単に目の前に網を下げていないというだけのことでも、公衆の面前で殴られたり
石攻めにあったりするのです。
一人の女性は運転中にたまたま腕があらわになったというだけで、怒った正統派の群衆に死に至るまで殴られました。
もう一人の女性は親戚ではない男性と国外に出ようとして石攻めに会い死亡しました。
女性は働くことを許されませんし、外出も身内の男性と一緒でなければならないのです。
教授、通訳、医者、弁護士、芸術家、作家などのプロフェッショナルな女性達は職を奪われ 家に閉じ込められています。
女性のいる家はすべての窓にペンキを塗り
屋外の人間の目に触れないようにしなければなりません。
彼女等は音の立たない靴を履き人の耳に触れないようにしなければなりません。ほんの些細な行動の過ちに
命を奪われる恐怖の中に女性達は生きています。働くことが出来ないので、身内に男性がいない
女性や夫のいない女性達は、たとえ博士号を持っていても餓死するか、通りで物乞いするしか
ありません。
意気消沈が広まり緊急状態に到達しています。このように極端な回教徒の社会においては確実な
自殺率を知ることは不可能ですが、救助隊員たちは女性の自殺率は極端に高いと憶測しています。
極端な意気消沈のための適切な薬や治療を見つけることの出来ない場合、彼女等はそのような状況
の中で生きていくよりは自らの命を断つことを選ぶのです。
めったに無い女性のための或病院で、或報道者がベッドに「ブルクァ」に包まって横たわり、
身動きもしない虫の息の「身体」を見つけました。話すことも、食べることも、或いはなにかする
気力も無い状態で、ゆっくり死に向かっていたのです。他には気が狂ってしまい片隅に縮こまって前後に
身体を揺すっていたり、泣いていたりする人もいました。
彼女等の殆どは恐怖のためにそうしているのです。或医者は、少しばかり残っていた薬がついに無く
なってしまったら、抗議の意味で彼女達を首相官邸の門前に置いて来ようかと考えています。
「人権冒涜」と言う言葉が控えめな表現と言える時点に来ています。夫達には身内の女性達の、
特に彼等の妻の生死に関して権利がありますが、怒っている群衆にも、しばしば死に至るまで女性を石攻めにしたり、
殴ったりする権利があるのです。たとえその原因が僅かに肌を露わにしたとか彼等を
些細なことで侮辱した
とか言うだけのことでもです。
女性達は1996年までは比較的自由に働いたり、好みで衣類を選んだり、運転したり、
公の場所に一人で出て行くことが出来ました。
この変遷の急激さが意気消沈や、自殺の主な理由です。一度は教育者や医者だったり、或いは単に
基本的な人間の自由ということに慣れていた女性達は、今や右翼正統派回教の名のもとに
人間以下の扱いを受け、厳しく制限されています。それは彼等の伝統でも無ければ、「文化」でも
ありませんし、彼等にとっては異邦のものです。そして正統派回教が規律である文化において
さえ極端なことです。
誰もが、たとえ回教国の女性であっても、
人間として我慢出来る程度に存在する権利は持っています。
もし少数アルバニァ人の人権の名において
コソヴォを軍力で脅かすことが出来るなら、
世界人民はタリバン政権が犯している女性に対する抑圧、殺害、権利侵害について穏やかに
言語道断の意志を表現出来る筈です。
声明
ここに署名することによって私達はアフガニスタンにおける現在の女性の扱いは全く受け入れられない
ものであること、またこの事実は国連の行動を受ける価値があること、そして現在の海外の状況は黙認
出来ないことに同意します。女性の権利はどこにおいても小さな課題ではありません。
2001年の女性が所有物同様に人間以下の扱いを受けることは受け入れることが出来ません。同様に人間として
の品位は基本的権利であって、アフガニスタンに住もうと他のどこに住もうと自由は人間が基本的に持って
いるものであって、与えられるものではないのです。
これは メッセージ 113531 (aznrsrsnsn さん)への返信です.
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