対米全面テロ

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戦場で起こっていること1

投稿者: hana_2001_jp 投稿日時: 2001/10/29 22:13 投稿番号: [108488 / 177456]
「イスラエルのテロ対策で犠牲になった妊婦と胎児」
10月19日
私はその夜長崎にいた。「テロにも報復にも反対する会」の講演を頼まれたからだ。パレスチナの子どもたちが今年8月に長崎をテーマにダンスを踊った。その姿を長崎の人たちに伝えたいと思っていたので、急な話だったが喜んで駆けつけた。パレスチナ、イスラエルの紛争の一年間を振り返り、戦車や戦闘機まで繰り出してのテロ対策としての暗殺作戦が、如何に大げさで不正確に、一般市民をまきこんでいることか。そのことがさらなる憎しみを生み出し、結果、テロはまったくおさまっていないことを訴えた。そしてアメリカが今アフガニスタンで行っていることも同じ。多くの市民を犠牲にするばかりで、それが憎しみに変わっていく。長崎では、NGOを立ち上げて、国際貢献をしたいという方もいて、じゃあ何ができるのかなという話に盛り上がった。
そしてホテルに戻ってテレビをつけると、イスラエルがベツレヘムへ侵攻し、生誕教会の1km近く間で戦車を繰り出しているというのである。長崎をテーマに平和を考えてダンスを踊った子どもたちが暮らすキャンプも戦車で包囲されているというのだ。

リハーブ・ヌファールの死
10月20日、東京の事務所に戻りe−mailをチェックする。
「リハーブ・ヌファール(30歳)が昨日死亡した。彼女はフサンという村からベツレヘムの病院へ出産に行く途中であったが、イスラエル兵に検問を超えることを拒否されて死亡した。彼女は検問を超えられず、治療を受けられずに死亡した25人目の犠牲者である。」とのニュースがパレスチナ人から送られている。なんとひどい話だ。
まず、8月にPFLPの書記長、アブ・アリ・ムスタファがイスラエル治安部隊により暗殺された。そして、その報復に、PFLPはイスラエルのゼービ観光大臣を17日に暗殺した。そして18日にはベツレヘムでファタハの幹部が乗った車が爆破し3名が死亡し、その後一気に紛争が激化した。
ベツレヘムの友人は状況を以下のように伝えている。

「とうとう衝突はシネマ(町の中心部。今はタクシー乗り場だが、昔は映画館があった)にまで及んできました。銃声、救急車の音が聞こえます。今晩はベツレヘムの私たちの所にもにも禁足令が出るかもしれません。
今日、デヘイシェに行って最初に聞いたのは、検問所で待たされていた妊婦さんが死んだ話。ベツレヘムのフサン村の女性でした.。もう、ニュースにはなりません。あまりにも良くある出来事になってしまったからです。非常に恐ろしいことです。
家庭訪問する予定だった患者さんがイブダにやってきました。腎不全と心不全で状態の悪い患者さんです。子どもが3人いるのですが彼女の調子が悪く、今は孤児院に入っています。夫は年がかなり上で体の片側に麻痺がある障害者です。彼女の容態が悪化しベツレヘムの病院では手の施しようがなく、エルサレムの病院に即行かなければならないのでUNRWAに手続きに行く途中に私たちを探しにきました。話を聞いたところ、尿毒症の症状が出ていて危ない状況です。歩いてイブダまで来たのが信じられない程悪い状態でした。
UNRWAは緊急対応でクリニックを午後5時まで開け、車を準備していますが、救急車のライセンスはないから患者は運べないと言います。今日は今までにない厳しい封鎖です。結局、エルサレムからイスラエル側のライセンスを持つ赤新月社の救急車を呼び、私も白衣を借りて同行することになりました。いたるところで銃声がなっているし今日も衝突で死者が出ていたような状況なので、今回ばかりは本当に緊張しました。患者さんはだんだん息が苦しそうのなるし夫はの自分は一緒にいけないと泣き始めるし、一時は本当にみんなが絶望的になりました。UNRWAの医者から「緊急」と書いた英語の紹介状も用意してもらい、できる限りの準備をしました。救急車が来て、患者さんを運びました。ラケルの墓の辺りは通れないらので、ハダルから行きました
(とはいっても昨日もひとりそこで亡くなっていますのでもちろん緊張しています)。途中無事に2箇所の検問所を通過、簡単な質問を受けた程度で何とかなりました。病院に行く途中何度か患者さんの意識が遠くなり、名前を呼びながら何とか病院までたどり着きました。予断を許さない状況ですが退院できる状態まで回復することを祈ります。
ここが、どんな状況になっても、受けられる筈の治療が受けられないで命が失われる患者さんがでることは決して許されません。少なくとも私はあきらめないつもりです。
でも、今日は本当に疲れました。いつ迄この状況が続くか分かりません。」

佐藤真紀(日本国際ボランティアセンター)パレスチナの情報です。
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