憲法九条
投稿者: tenshinokiseki 投稿日時: 2001/10/23 06:22 投稿番号: [103670 / 177456]
憲法九条とは、もはや先進国になってしまった日本にとって
「自分の無責任さを、世界にアピールする法律だ」
憲法九条を守りたい、ということは裏を返せば
「まだまだ無責任な国でありたい。甘い汁を吸い続けたい」
ということに他ならない。
社会基盤の出来ていない途上国にとって、
憲法九条は、とても有効なレトリックだ。
とりあえず自国が発展するまでの「時間稼ぎ」が出来る。
当然、大国の庇護を受けやすくなる。
憲法九条を「崇高な法律」だと勘違いしている人も多いようだが
全くそうではない。
近視眼的自己満足を作りだし、
頭の片隅に疑問を残しながらも自己の正当性を
一応は語ることの出来る、ツールでしかない。
この九条は、アメリカからの最大の贈り物だった。
当時は、アメリカの国益とも一致していた。
近隣諸国も歓迎した。
それは、日本が他国に援助する余裕もない小国だったからだ。
当時の日本にあったのは、タリバンと変わらない「民族としてのプライド」だけだった。
しかし、今はそうではない。
日本は他国を援助しなければならない、大国になった。
援助するためには、意見を言わなければならない。
上っ面の利益を得るためでなく、世界の将来を真剣に考えた意見のことだ。
その為には、武力で自立する必要性がある。
銀ブチ眼鏡のヒョロヒョロインテリの言うことが
真剣に飢えと直面している人達に、受け入れられないことは、誰にでも想像が付くだろう。
「見かけの頼りがい」
というのを軽視してはならない。弱者は頼りがいのある強者の言うことを聞く。
それは自然の摂理だ。
もし、それがイヤなら、世界最強のアメリカの武力を利用させてもらう以外手はない。
日本が世界に貢献しようとするのならば、
自前の強力な軍隊を組織するか、日米同盟をさらに強化するか、二者択一を迫られる。
これは メッセージ 95319 (sousou1594 さん)への返信です.
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