対米全面テロ

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

【写真展】平和だった頃のアフガニスタン

投稿者: hana_2001_jp 投稿日時: 2001/10/22 22:17 投稿番号: [103247 / 177456]
自然との共生アフガニスタン、その美しさを再び
戦争はごめんだ
「平和だった頃のアフガニスタン」長島義明写真展

日時●2001年10月31日(水)〜11月6日(火)   11:00〜19:00
場所●アートスペース   瑠璃(RURI)
    〒107-0062
    港区南青山5−6−19   セイナンビル別館   1F
    地下鉄表参道B1出口出て次の角を左折20メートル左奥
展示●1978年当時のアフガニスタンのカラー写真30点
主催●平和だった頃のアフガニスタン写真展実行委員会
協力●グローバルネットワーク/恵コーポレイション

  今10月10日午前4時半、寝むれない。アフガニスタンに米英軍が空爆を
開始してから4日目、それ以後ずっと睡眠不足が続いている。昨日から
降っている雨の音が気にかかる。

  ぼくがアフガニスタンを旅したのは1978年秋、丁度今頃だった。ソビエト
軍がアフガニスタンへ侵攻する数カ月前であった。そのころのアフガニ
スタンは異国情緒豊な人に親切な素晴らしい国で、世界中を旅した、僕に
とっても一番好きな国の一つであった。もう一度アフガニスタンを旅した
い。ソビエト軍が撤退して、平和が戻ると思っていたが、内戦は続きそして
今回の空爆である。

  10月7日の夜以降、アフガニスタンの風景・人々の顔子供の顔が寝むれ
ぬ脳裏に浮かんでくる。それらは私が写真に撮った映像だ。毎夜毎夜だ。
ブルーに輝くモスクを背景に幾千羽の真白な鳩。ゴムのパチンコで遊ぶ少
年の顔。ヒンズークシ山脈の麓を行く赤い旅装の現地の人々、山羊の肉と
岩塩を入れたたきこみご飯をご馳走してくれたテントの人たち。古い宿の絨
毯で話す老人と若者。大きなまがい仏の前のポプラ並木の黄葉。

  それぞれの地は今日連日テレビ・新聞で報道される場所だ。クンドゥース、
マザアリシェリフ、ジェララバード、ヘラート、カブール。次から次
へと走馬灯の様に映像が浮かぶ。そのどれもが美しい。その美しさが今は
悲しい。
  1カ月あまり、ターバンを巻いたろくに英語を話せないアフガニスタン人の
運転手と彼のボロ車で旅をした。費用も安く、親切にも触れた、楽し
い旅だった。ぼくはホテルに寝たが、運転手は誘っても決してホテルで寝な
かった。いつも車の中で寝ていた。

  ぼくの出会った、少年や少女たちはすでに30才位になっているだろう。
あれから23年も経っているのだから。今ごろタリバンの兵士になって
いるのか、それとも北部同盟の兵士か。あるいは難民となってパキスタンに
逃れているのだろうか。

  いずれにしてもアフガニスタンの民衆は気の毒な人たちだ。いつも大国の
思惑に巻き込まれ、美しい土地   故郷を捨てざるを得ない。長い長い戦
争は、あの美しかったアフガニスタンを荒廃へと導いた。そしてまた今回の
戦争だ。

  今ぼくは、本当に思う。ぼくが見た、あの美しい風景を、日本ひいては世界
の人に見てもらいたいと!!!

  平和だったアフガニスタンがどんなに素晴らしい国だったかを伝え、もっと
アフガニスタンを知って欲しいと!!!

  そして一刻も早く戦争が終わりアフガニスタンに再び平和が訪れるように。

  その強い思いを込めて、緊急で写真展を開催したい。

  タイトル「平和だった頃のアフガニスタン」この写真展が、少しでもアフガニ
スタンを理解するのに役立てばいい。そして1日も早く今回の戦争
が終わればアフガニスタンを旅してみたい。

  是非、多くの方にこの写真展を見て頂きたいと思います。

2001年10月10日   午前5時30分
写真家   長島   義明
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)