「クニ」を愛する心
投稿者: lucifer_de_crepuscule 投稿日時: 2001/10/22 20:09 投稿番号: [103155 / 177456]
>今の日本では、愛国心を持とうが持たざらのうが個人の自由である風潮ですが、国の政策として愛国心を尊ばない国はないのではなかろうか?
いみじくも、あなたの投稿に「愛国心」が何故問題視されるのかが現れているような気がします。
(単なる俺の気のせいかもしれませんが)
つまり、人々の心に自然発生的に生まれる、国土や国民を愛する心と、「国の政策として」の
愛国心、つまり国家の政治体制を愛する心ですね。
本来これは全く違うものですが、為政者によってしばしば混同されます。(当然為政者に
とってはその方が都合がいいわけですから)
ムソリーニの女婿であったチアーノという政治家をご存知でしょうか?
彼はドイツと
組んでの戦争に反対であり、「愚かな戦争をやめさせるために」ムソリーニ失脚の陰謀の
首謀者になりました。「国家」という枠組みから見れば間違いなく売国奴といわれる行為であり、
ムソリーニが一時復権したときに、彼は死刑になったわけですが、「国家」「国土」という
観点からみれば愛国的な行為であり、結果としてイタリアは第二次大戦の戦勝国になっています。
アメリカという国は愛国心の強い国であり、それは多くのアメリカ人にとっても自負と
なっているわけですが、それは必ずしも国家に対するものではありません。
昔、オリンピックで優勝したアメリカの黒人選手が、表彰式で星条旗の掲揚に対して、
拳を突き上げて抗議したという話を聞いたことがあります。
「国家」に対する愛国心は「国」に対する愛国心とは別のものです。しかし「国という区割り」
が求める愛国心は、「国家」が求めるものではないでしょうか?
翻ってみれば、仮にタリバンの政策にアフガニスタンの人々が辟易していたとしても、国土を爆撃され、
国民を殺されて、愛国心からの怒りを感じないアフガニスタン人がいるでしょうか?
しかし、
アメリカ人たちにはそれが理解できているとは思えません。
これは メッセージ 103115 (small_dog_0 さん)への返信です.
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