もともとは
投稿者: cabin_milder 投稿日時: 2001/10/22 01:18 投稿番号: [102687 / 177456]
どんな指導者も、すべての民衆のためにと口にする。
どんな戦争も、すべて平和のためにと看板を掲げる。
しかし、戦争は必ず民衆の犠牲を出す。「それが戦争と言うものだ」「少々の犠牲は、やむをえないのだ」。もしも、そういう思想がわずかでもあるとしたら!
この思想の中に、身ぶるいすべき生命軽視がある。
この思想の中に、いつまでたっても戦争を終わらせられない人類の錯誤がある。
この思想の中に、「世界大戦の種」が詰まっている。
ゲリラ等に殺されたにせよ、軍に殺されたにせよ、どちらも同じ大悲劇ではないか!
ゆえに我ら民衆は、こう叫ばざるをえないのだ。
もう殺戮は、たくさんだ!
暴力で暴力は解決しない!
命を守るという口実で、命を殺すことは、「殺の連鎖」を広げるだけだ!
平和の実りがほしければ、平和の種を植えるしかない!
一人の生命は、宇宙の財宝を集めたよりも尊いのだ!
だから「市民が二名死亡」などと簡単に言うな。「ホセが死んだ」「マリアが死んだ」と泣け。
「一家五人が死亡」などと書くな。母と子と父の名を語れ。その暮らしを語れ。一家の飢えとの戦いを、その貧しき食事を、ささやかな希望を、言葉にならない思いを飲み込んで、肩を寄せ合って生きてきた日々を、時には笑顔で、井戸の水を一緒にくんだ朝を語れ。
それらがすべて、むごいやり方で、粉々にされた事実を、世界の人に知らしめよ。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/bpjfa4lla5fa5m_1/102687.html