マレーシアの教科書 中学生 用 2
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2008/03/12 06:51 投稿番号: [93 / 188]
日本軍政府
日本はマレー人の解放獲得への期待を裏切った。まるで植民地であるかのように支配した。日本の支配はイギリスのそれよりもひどかった。
日本人は評議会を開いた。議長はその州の日本人軍政官で議長補佐はスルタンで、他のメンバーは現地人からなり、その多くは日本人によって任命され、残りは村長によって任命された。実質的な権力は国民には与えられなかった。
ケンペイタイ
罪の無い人間を罪人だと自白させる為に、さまざまな残酷な拷問が行われた。彼らは手や足の爪を抜いたりした。
日本語教育
全ての学校で日本語が教えられた。
食料不足の事態
イギリスが支配していたときは米をビルマやタイから輸入していた。
日本支配時代には米は多く輸入されなかった。米不足は深刻な問題であった。
輸送手段は兵士を運ぶ為のものであり、米を運ぶ輸送手段を用意していなかった。また、タイ政府が日本の貨幣価値を信用しないという理由で米を売ることを渋るようになってからは事態はますます、ひどくなった。
インフレーション
日本は役人に給与を与える為にお金が必要であった、イギリス貨幣が使用されなくなったため、「バナナ紙幣」(軍票)を必要に応じて印刷し、その量がどれくらいの量か分からないくらいに発行した。物価上昇は1941年
卵、一個の値段は3セントであったものが1945年には35ドルにも跳ね上がった。
タイメン鉄道建設
マラヤの国民を日本軍自身の目的の為に利用した。タイとビルマ間の鉄道建設に労働者(ロームシャ)を必要とし、マレー人労働者が強制的に使われた。
その数約10万人が犠牲となった。この鉄道建設は「死の鉄路」と呼ばれている。
マラヤの各民族と日本
中国人=1937年中国を侵略した、彼らは全ての中国人が反日であると疑っていた、シンガポールを占領した後、日本軍は数万人の中国人を殺した。
イポーの近くのアンパン村で起きた事件は日本の残忍さを示す一例である。
*二人の日本の憲兵が中国人らに殺された。(アンパン事件)中国人の村長は逮捕され、拷問にかけられ、罪があろうと無かろうと、ずべての中国人は調査もなしに、処刑された。村の住民は出て行くように命じられ、そのあと村は焼かれてしまった。
これは メッセージ 92 (yominokuni56 さん)への返信です.
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