神風特別攻撃隊

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太田正一少尉

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2009/02/10 15:09 投稿番号: [50 / 555]
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昭和20年   8月15日   大東亜戦争終戦

昭和20年   8月18日   神ノ池基地を零戦で発進、鹿島灘で自決未遂

漁船に救助され宮城県、鳴子陸軍病院に入院

昭和20年   9月   5日   七二二航空隊司令発「海軍軍人死亡の件報告」

大田正一「死亡認定」

昭和22年北海道で樺太からの引揚者に混じり新戸籍を作成

昭和22年青木   薫を名乗り神ノ池に居住

昭和22〜24年頃     日本各地を転々と移動

昭和24年6月「北海道へ行く」と外出したまま行方不明

昭和31年11月20日   呉地方復員部「内地死没者名簿」作成

大田正一「航空殉職」「戸籍抹消済」と記載

昭和51年「横山道雄」を名乗り大阪に居住

平成   6年12月   7日   京都バプティスト病院にて病死(無国籍)

大田正一は、兵卒から叩き上げられた応召の特務士官で、しかも当時は予備役であった。

海軍の主流は海軍兵学校を卒業した兵科士官であり、彼のような経歴で意見具申をしても、途中で握り潰されるか長大な時間がかかるのが常であった。

にもかかわらず大田の「桜花」プランが採用されるまでの期間は、あまりにも短すぎる。これは軍令部が「兵卒から盛りあがった特攻」というイメージを強調するために、大田の経歴を有効に利用したものと推測される。

大田正一は、戦後家族を捨て名前を変えながら、身を隠すように全国各地を転々とした。

なぜか。

終戦後、戦争犯罪人を罰する罪の一つに「人道に対する罪」があった。特攻計画の中枢にいたある軍令部参謀は、大西中将の自決により全責任を大西中将に負わせ、自分は安全圏に身を置いた。

その参謀は「桜花」計画の全貌を秘匿するるため、大田正一に「戦争犯
罪に時効は無い」と脅していた形跡がある。自決を試みて未遂に終わり全国を逃げ回る大田正一には、「人道の罪」「戦争犯罪の時効」の定義を調査する精神的余裕、相談相手は無かったのだろうか。

その軍令部参謀は戦後、自衛隊を経て参議院に当選したが、精神を患って病院に隔離され、看取る家族も無く死んだという。

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