神風特別攻撃隊

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

アルカイダも真っ青でしょ〜ね

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2009/08/24 15:38 投稿番号: [399 / 555]
戦時中は「一億特攻の先駆け」、また特攻戦死は「散華」と肯定的に宣伝され、本土決戦では全国民が範となすように求められた。

戦後の評価は一転する。左派、保守派も総じて特攻作戦は否定的に評価する。しかし、作戦自体には否定的意見でも、「特攻隊員も戦争の犠牲者」との意見は左派でも強かった。

これは特攻隊員の多くが学徒兵などインテリ層で、自己の死の意味に苦悩する姿にシンパシーを感じる者が多かったからと見られる。

これに対し、右翼、暴力団、暴走族を中心に「大和魂の権化」、「日本人の鑑」、「崇高な自己犠牲の体現者」と特攻作戦を含めて肯定する評価もあり、彼らは特攻隊にあやかった団体名称を好んだり、自らの服装を特攻隊に結びつけたりした。また、特攻隊出身者の多くは自嘲的な評価をした。

特攻に多くの若者を送り出した責任をとり、終戦直後に割腹自決した大西瀧治郎や、敗戦後に部下を死に追いやったとしてその行動評価は賛否両論に分かれるが玉音放送後に沖縄の米軍に対して部下11機を自ら率いて特攻を行った海軍の宇垣纒中将のような将官もいた。

しかし、「君らだけを行かせはしない。」と隊員に語りながら、多くの部下を残したまま敵前逃亡した陸軍特攻隊創設者の富永恭次、源田実らを始めとする特攻に関わった殆どの将官、特に現場指揮官や参謀などは何事も無く終戦を迎え、責任も取らずに戦後の民主主義社会で生活を営み、特攻に関しては口を噤んだまま人生を終えていった。

太平洋戦争の終盤に行き詰まった軍部が神風特攻隊を出陣している時期、 二等兵で軍に入隊した 読売新聞渡辺恒雄会長は神風に対しても苦言を漏らした。

彼は ニューヨークタイムズ インタビュー 中 「彼らが『天皇陛下万歳!』と叫んで勇敢に喜んで行ったと言うことは全て 嘘であり、彼らは屠殺場の羊のみだった」とし、「一部の人は立ち上がる事が 出来なくて機関兵士達により無理矢理飛行機の中に押し入れられた」と語った。

フランス人記者のベルナール・ミローは、著書『神風』の中で、「散華した若者達の命は・・・無益であった。しかしこれら日本の英雄達はこの世界の純粋性の偉大さというものについて教訓を与えてくれた」と述べ評価している。

且つ「西洋文明においてあらかじめ熟慮された計画的な死と言うものは決して思いもつかぬことであり、我々の生活信条、道徳、思想と言ったものと全く正反対のものであって西欧人にとって受け入れがたいものである」とも述べている。

この理解不能性、恐怖や不安は、アメリカをして日本本土への無差別爆撃の強化や原爆投下を促す一因になったとも言われる。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)