神風特別攻撃隊

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ご立派!敵前逃亡

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2009/08/05 15:28 投稿番号: [377 / 555]
フィリピンに赴任した冨永はフィリピン決戦において陸軍初の航空特別攻撃隊の出撃命令を出すこととなる。生存者によると特攻前になると一升瓶をぶら下げて現れては訓示を垂れるしか能のない司令官だったという。

特攻隊出撃前の訓示では「諸君はすでに神である。君らだけを行かせはしない。最後の一戦で本官も特攻する」と言い、一方で帰還した特攻隊員は容赦なく罵倒して62回にわたって約400機の特攻を命令しパイロット達を全員戦死させた。

こうして戦勢の不利が明白となった昭和20年(1945年)1月16日、マニラから引き上げてきた司令部要員の大半をエチャーゲの南5キロにあるサンチャゴに足止めし、その間に司令官・参謀などの高級将校たちは残り少ない戦闘機を駆り出して護衛を命じ、フィリピンのエチャーゲ南飛行場から台湾台北へと続々と逃亡した。

積み荷はウィスキーと芸者たちであったという。約1万の第4航軍の残存将兵は地上部隊に編成替えされ脆弱な歩兵部隊となってその大半が戦死した。

その後、冨永は胃潰瘍の診断書を提出して温泉療養に専念し十分に英気を養った。2月13日、大本営は第4航空軍司令部の解体を発令した。

太平洋戦争においてはマッカーサーも敵軍を前にしてコレヒドール島から脱出しているが、マッカーサーの脱出はルーズベルト大統領の正式な命令を受けたものであるのに対して富永は明らかに軍規違反であり、軍規に則れば銃殺刑の敵前逃亡であった。

台湾への移動は一応口実をつけてはいたものの、上官である第14方面軍司令官の山下奉文大将にも無断でおこなわれるなど敵前逃亡そのものであった。
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