高山正一少尉
投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2009/02/27 15:35 投稿番号: [140 / 555]
コピペ屑の馬鹿さ加減が鬱陶しいので引用の新聞記事を掲載しておく。
以下引用。
朝日新聞 昭和20年1月11日 木曜日 07.4.1
新戦法のB29に逆手 敵の巨翼真二つ 体当り生還の高山少尉
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「別に死に急ぎを志しているわけぢゃないがけうも体当り失敗さ…」「なんだお前もか」帝都防衛戦闘隊の某基地。つい一時間程前はB29と烈しい空戦を演じ帝都の空に白墨でぬたくったやうな飛行雲を残した勇士たちがピストの前で車座になって語っているのである。
九日来襲したB29邀撃でこの戦闘機隊が墜したもの三機、サイパンまでは帰還不可能とみられるほど大破させたもの三機の戦果を上げたが、撃墜三機のうち二機は体当りによるものであった。
ピスト前の高笑ひの声が続いているところへ額に一寸程の絆創膏を張った高山正一少尉がヒョッコリ帰ってきた。「なんだ高山少尉も生還か」と哄笑が沸く…。
高山機は帝都西部上空で体当りを敢行、敵機の巨翼を真っ二つに叩き折り自機も錐揉み常態になり落下傘から脱出したのは認められたが、基地の戦友たちからその安否を気づかわれていたのだ。
この基地からは既に体当たり生還勇士をこれで四人出している。われわれは簡単に体当りなどいうが、勇士たちの語るところによるとB29との戦闘には体当り技術は非常な困難なものらしい。しかしこれを敢行すれば敵機は必ず落ちるのであるから死を眼中に置かない若鷲たちにとっては非常な魅力であるのだ.
「敵はけふ新手の戦術で来ましてね、エエこいつ味をやりをるなと思って癪にさはりましたから、その反射運動に突っ込んでやりました」高山少尉(福岡県出身23歳)が語るこの日の体当り戦記は、B29の新しい性能と度重なる邀撃戦で得たわが荒鷲独自の戦法ともいふべき凄絶な空中戦術を物語るものである。
甲府方面から侵入する編隊を邀撃するべく私は西進していました。14時16分立川上空高度○千で敵三機とカチ合いました.いきなり三機の向かって右翼機へ○百メートルくらい近づきドッと火網を浴びせました。するとB29め急に垂直旋回に移り実に巧みに私の弾丸を避けたのです。槓桿は自然に自機を宙返りさせ再び戦闘体制に入らせてくれました。敵機はこんな退避運動をやったゝめ僚機から離れ、自分には他機からの射撃はなかったように思います。自分も上位置の水平飛行に入ると敵機も機種をたて直しやゝ前方下に巨大な翼を張っていました。
こゝで二回目の攻撃をかけたのですがまだだめ.又火砲を浴びせようと思ひ少し機首を下げますと自分の機の方が速度が大であったゝめ、今度はB29の真下に来てしまったらしく敵影が全く見えなくなりました。この時は高度差もほとんどなく敵機に私はかぶさったまゝで同方向の飛翔を続けていたわけです.
馬乗りになった中野機の事を地上へ降りてから思ひ浮べたのですが、この時は私もこまったが敵もこまったと思ふ。○○メートルに近い偏西風のため私の機も動揺したが敵もあふられたらしく急に巨翼の一部が眼に入った。お互いに射撃角度は零で撃ちやうもない。こんなことをしていては勝負はつかぬと考えるにつけてもさっき待避された癇癪玉が爆発して畜生めを地獄のお供にしてやろうと思った。
私の槓桿は自然に機を上昇させかなり昇ったと思ったところでガクリ機首を下に向けた。案に違はず降りてゆく眼先に四つの発動機がカッと顔を掩ふやうに近づいた。ガリガリと噛る音と衝突の振動は同時に体に感じられたがそのあとしばらくは意識はなかった。はっと気がつくと機は別に破壊されず錐揉み常態で落ちて行く途中にあった。
風防ガラスから外を覗くと物凄い火の塊が自分と同じ速度で落ちて行くではないか。火焔の向う側には更に発動機が二個ついている。折れた大きい翼が舞ひながら落ちていく。明らかに体当りは成功だと判った。こんな判断がつくと急に自分が生きていることを自覚し錐揉み機から脱出を計った。
まづ風防ガラスを開けたが風圧が強く体が外へ出られない。やっと出たと思った瞬間腰のあたりに引っ掛かるものがあってだめだ。これは死ぬなと思ったがもう一度垂直に落ちていく機へ入りなほし、こんどは座席を両脚で強く蹴って脱出に成功した。
三千ぐらいの高度でガクリと背に重みを感じ開いた落下傘の上から悠々と黒煙を上げて燃え続ける断末魔の敵翼を眺めて降下したが、自分はこの日の不思議な空戦をもう一度思ひ直して、幼年時代のメリーゴーラウンドを思ひ浮べながら着地したのだった。
体当たりの上落下傘脱出して生還。
ちゃんと書いてあるな。
以下引用。
朝日新聞 昭和20年1月11日 木曜日 07.4.1
新戦法のB29に逆手 敵の巨翼真二つ 体当り生還の高山少尉
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「別に死に急ぎを志しているわけぢゃないがけうも体当り失敗さ…」「なんだお前もか」帝都防衛戦闘隊の某基地。つい一時間程前はB29と烈しい空戦を演じ帝都の空に白墨でぬたくったやうな飛行雲を残した勇士たちがピストの前で車座になって語っているのである。
九日来襲したB29邀撃でこの戦闘機隊が墜したもの三機、サイパンまでは帰還不可能とみられるほど大破させたもの三機の戦果を上げたが、撃墜三機のうち二機は体当りによるものであった。
ピスト前の高笑ひの声が続いているところへ額に一寸程の絆創膏を張った高山正一少尉がヒョッコリ帰ってきた。「なんだ高山少尉も生還か」と哄笑が沸く…。
高山機は帝都西部上空で体当りを敢行、敵機の巨翼を真っ二つに叩き折り自機も錐揉み常態になり落下傘から脱出したのは認められたが、基地の戦友たちからその安否を気づかわれていたのだ。
この基地からは既に体当たり生還勇士をこれで四人出している。われわれは簡単に体当りなどいうが、勇士たちの語るところによるとB29との戦闘には体当り技術は非常な困難なものらしい。しかしこれを敢行すれば敵機は必ず落ちるのであるから死を眼中に置かない若鷲たちにとっては非常な魅力であるのだ.
「敵はけふ新手の戦術で来ましてね、エエこいつ味をやりをるなと思って癪にさはりましたから、その反射運動に突っ込んでやりました」高山少尉(福岡県出身23歳)が語るこの日の体当り戦記は、B29の新しい性能と度重なる邀撃戦で得たわが荒鷲独自の戦法ともいふべき凄絶な空中戦術を物語るものである。
甲府方面から侵入する編隊を邀撃するべく私は西進していました。14時16分立川上空高度○千で敵三機とカチ合いました.いきなり三機の向かって右翼機へ○百メートルくらい近づきドッと火網を浴びせました。するとB29め急に垂直旋回に移り実に巧みに私の弾丸を避けたのです。槓桿は自然に自機を宙返りさせ再び戦闘体制に入らせてくれました。敵機はこんな退避運動をやったゝめ僚機から離れ、自分には他機からの射撃はなかったように思います。自分も上位置の水平飛行に入ると敵機も機種をたて直しやゝ前方下に巨大な翼を張っていました。
こゝで二回目の攻撃をかけたのですがまだだめ.又火砲を浴びせようと思ひ少し機首を下げますと自分の機の方が速度が大であったゝめ、今度はB29の真下に来てしまったらしく敵影が全く見えなくなりました。この時は高度差もほとんどなく敵機に私はかぶさったまゝで同方向の飛翔を続けていたわけです.
馬乗りになった中野機の事を地上へ降りてから思ひ浮べたのですが、この時は私もこまったが敵もこまったと思ふ。○○メートルに近い偏西風のため私の機も動揺したが敵もあふられたらしく急に巨翼の一部が眼に入った。お互いに射撃角度は零で撃ちやうもない。こんなことをしていては勝負はつかぬと考えるにつけてもさっき待避された癇癪玉が爆発して畜生めを地獄のお供にしてやろうと思った。
私の槓桿は自然に機を上昇させかなり昇ったと思ったところでガクリ機首を下に向けた。案に違はず降りてゆく眼先に四つの発動機がカッと顔を掩ふやうに近づいた。ガリガリと噛る音と衝突の振動は同時に体に感じられたがそのあとしばらくは意識はなかった。はっと気がつくと機は別に破壊されず錐揉み常態で落ちて行く途中にあった。
風防ガラスから外を覗くと物凄い火の塊が自分と同じ速度で落ちて行くではないか。火焔の向う側には更に発動機が二個ついている。折れた大きい翼が舞ひながら落ちていく。明らかに体当りは成功だと判った。こんな判断がつくと急に自分が生きていることを自覚し錐揉み機から脱出を計った。
まづ風防ガラスを開けたが風圧が強く体が外へ出られない。やっと出たと思った瞬間腰のあたりに引っ掛かるものがあってだめだ。これは死ぬなと思ったがもう一度垂直に落ちていく機へ入りなほし、こんどは座席を両脚で強く蹴って脱出に成功した。
三千ぐらいの高度でガクリと背に重みを感じ開いた落下傘の上から悠々と黒煙を上げて燃え続ける断末魔の敵翼を眺めて降下したが、自分はこの日の不思議な空戦をもう一度思ひ直して、幼年時代のメリーゴーラウンドを思ひ浮べながら着地したのだった。
体当たりの上落下傘脱出して生還。
ちゃんと書いてあるな。
これは メッセージ 1 (thirteen_satan さん)への返信です.
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