神風特別攻撃隊

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特攻は美談ではない

投稿者: fukagawatohei 投稿日時: 2009/02/16 16:48 投稿番号: [117 / 555]
「昭和20年(1945年)の春、手折りの紙飛行機のごとく、最も多く特攻機が鹿屋特攻基地から飛ばされた。

野里小学校の仮宿舎の中で、出撃の順番を待つ同期の搭乗員たちの、ひきつった蒼白な顔を、今でも一人一人克明に思い出すことが出来る。

すでに拒否することも許されず、脱走することもできない。
生命あふれる肉体をもちながら、ただ国家のためというだけで、死の順番を待っている若者の心境を、何人が想像し、理解することが出来るだろうか。

特攻隊員が、現地で特別待遇をうけ、特別の寝食を与えられていたと、想像されている人々が多いのに私は驚く。

特攻隊員の宿舎は、一言でたとえれば、屠殺を待つ牛の群れであり、生き地獄だったと評しても過言ではなかった。

宿舎の屋根は、穴だらけで、雨水が飛び散り、毛布を抱えて、雨を避けながら部屋の片隅にかたまって仮眠する哀れな特攻隊員たちの姿を、人々は想像できるだろうか。

海軍の参謀たちは、すべて兵学校出身者であり、特攻隊員のほとんどはすべては、予備学生と、予科練生である。海軍では、兵学校出身者以外は、軍人扱いしないばかりでなく、人間としても軽視した。

優しさなど一かけらも見せず、ののしり罵倒するだけであった。
予備学生は、軍人精神がまるでなく、飛行技術も未熟だとののしられながら、離陸すらやっとの整備不良の零戦に乗って出撃させられたのである。

そして彼らは特攻兵の宿舎は陰気だとして寄りつきもしなかったという。   嗚呼・・・・   これが兵学校生徒のなれの果ての実相だった。」
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