Re: 神風特攻隊
投稿者: thirteen_satan 投稿日時: 2008/04/12 22:00 投稿番号: [574 / 1528]
金山少尉のモデルは光山少尉(死後二階級特進・大尉)ですね。
私が最初に貼りましたリンク先に記事があります。
(以下引用)
光山 文博少尉(本名卓 庚鉉)
●光山少尉
戦前、朝鮮は日本の統治下にあった。朝鮮出身者は士官学校などへの入学も許されており、中将もおられたとのことである。当然、特攻隊としても十数名の朝鮮出身者が出撃していた。「知覧特攻平和観音堂」にも十一名の朝鮮出身者が祀られている。
朝鮮出身者のうち、鳥浜トメさんとかかわりの深かった光山文博少尉(本名卓 庚鉉氏)について取り上げることとする。
●アリラン
昭和18年、光山少尉は京都薬学専門学校(現・京都薬科大)から学徒出陣し、太刀洗陸軍飛行学校知覧分教所時代の知覧飛行場に滞在した。知覧で特操一期生として教育隊で操縦教育を受けたのである。この時から富屋食堂にはよく出入りをしていた。朝鮮出身で身寄りの少ないであろう光山少尉をトメさんは何かと気にかけ、台所に立たせたり、一緒に食卓を囲んだり自分の息子のように可愛がっていた。
昭和20年、光山少尉は第51振武隊員として知覧に戻ってきた。今度は特攻隊員としてである。以前にも増して淋しそうな光山少尉をトメさんは温かく迎えた。そして、5月10日の夜、出撃前夜にトメさんは食堂に一人でいた光山少尉を自分の部屋に呼んだ。長女の美阿子さんと次女の礼子さんと4人でいた。トメさんが光山少尉に歌を歌うよう促したところ、
「今夜は最後だから、故郷の歌を歌うよ。おばちゃん」と言い、歌い始めた。
アリラン アリラン アラリヨ
アリラン峠を 越えていく
私を捨てて 行く君は
一里も行けず 足痛む
光山少尉は帽子のひさしを鼻の下までおろして顔を隠したが、その下から涙が流れ落ちていた。皆もたまらなくなって泣きながら「アリラン」を歌った。光山少尉は歌い終わると、懐から朝鮮の布地で織った黄色い縞の入った財布をとりだし、筆で「贈為鳥浜とめ殿 光山少尉」と書いた。「おばさん、大変お世話になりました。お世話になったしるしとしてこれしかありません。はずかしいですが、形見と思って受けとってください」と言った。光山少尉は1年前に母を失い、3月に年老いた父と妹を朝鮮に送り返していた。
翌日早朝、袖に日の丸を縫いつけた光山少尉は見送りに来たトメさんと握手を交わし、南の海に出撃したまま二度と戻らなかった。
(参考・一部引用:「群青」、産経新聞平成12年11月28日「特攻の母・鳥浜トメ(中)」、会報「特攻」第44号)
私が最初に貼りましたリンク先に記事があります。
(以下引用)
光山 文博少尉(本名卓 庚鉉)
●光山少尉
戦前、朝鮮は日本の統治下にあった。朝鮮出身者は士官学校などへの入学も許されており、中将もおられたとのことである。当然、特攻隊としても十数名の朝鮮出身者が出撃していた。「知覧特攻平和観音堂」にも十一名の朝鮮出身者が祀られている。
朝鮮出身者のうち、鳥浜トメさんとかかわりの深かった光山文博少尉(本名卓 庚鉉氏)について取り上げることとする。
●アリラン
昭和18年、光山少尉は京都薬学専門学校(現・京都薬科大)から学徒出陣し、太刀洗陸軍飛行学校知覧分教所時代の知覧飛行場に滞在した。知覧で特操一期生として教育隊で操縦教育を受けたのである。この時から富屋食堂にはよく出入りをしていた。朝鮮出身で身寄りの少ないであろう光山少尉をトメさんは何かと気にかけ、台所に立たせたり、一緒に食卓を囲んだり自分の息子のように可愛がっていた。
昭和20年、光山少尉は第51振武隊員として知覧に戻ってきた。今度は特攻隊員としてである。以前にも増して淋しそうな光山少尉をトメさんは温かく迎えた。そして、5月10日の夜、出撃前夜にトメさんは食堂に一人でいた光山少尉を自分の部屋に呼んだ。長女の美阿子さんと次女の礼子さんと4人でいた。トメさんが光山少尉に歌を歌うよう促したところ、
「今夜は最後だから、故郷の歌を歌うよ。おばちゃん」と言い、歌い始めた。
アリラン アリラン アラリヨ
アリラン峠を 越えていく
私を捨てて 行く君は
一里も行けず 足痛む
光山少尉は帽子のひさしを鼻の下までおろして顔を隠したが、その下から涙が流れ落ちていた。皆もたまらなくなって泣きながら「アリラン」を歌った。光山少尉は歌い終わると、懐から朝鮮の布地で織った黄色い縞の入った財布をとりだし、筆で「贈為鳥浜とめ殿 光山少尉」と書いた。「おばさん、大変お世話になりました。お世話になったしるしとしてこれしかありません。はずかしいですが、形見と思って受けとってください」と言った。光山少尉は1年前に母を失い、3月に年老いた父と妹を朝鮮に送り返していた。
翌日早朝、袖に日の丸を縫いつけた光山少尉は見送りに来たトメさんと握手を交わし、南の海に出撃したまま二度と戻らなかった。
(参考・一部引用:「群青」、産経新聞平成12年11月28日「特攻の母・鳥浜トメ(中)」、会報「特攻」第44号)
これは メッセージ 571 (xr650kai さん)への返信です.
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