私は上海の大学生です

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Re: 私は上海の大学生です

投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/06/15 01:35 投稿番号: [76 / 517]
私は上海の大学生です。日本の皆さんもう一度中国と戦争して負けますか?>

毛沢東共産党軍は、まともに戦ったことすらないが、蒋介石国民党軍も弱かった。

大戦末期、米軍の本土爆撃が始まった当初、米軍爆激機は柳州の国空気力飛来していた。

東条英機に、兵站は現地徴発でと言われ、愚の様も持たされずに僅かな武器弾薬と飯盒と徴発用の竹籠を持たされて、柳州の航空基地攻略に送り出された中隊がいた。
随時増援するとのことで徒歩で柳州へ向けて行軍を始めた中隊だったが、あっという間に食料も水も底を尽き、泥水を啜り草木を食べて行軍するありさまとなる。

そのせいで、次々と病に倒れ、当初は埋葬もしたが、次第に中もを埋葬する体力もない程憔悴しながら行軍する羽目になる。

やっとたどり着いた村では、若い男子は軍閥政府に徴兵されたり懲役で連れ去られ、若い女性は兵士や族から襲われたり連れ去られないよう身を隠させていて、残されているのは老人か走り回れる子供だけだった。

当然徴発に応じられるだけの物資も食料もないので、井戸の水を勝手に汲み食料を奪うように食べて行軍を続けるが、村人の姿が消えたような村では黴た穀物が僅かと時には毒が投げ込まれている井戸水がある程度だった。
それでも口にするから、進めば進む程兵士は行き倒れて減っていく一方だった。

時々遭遇する軍閥兵士や野党との交戦で弾薬はすぐに尽きた。
増援部隊は、忘れたころに数人が追い付く。
新しく来る程装備も物資も少なく貧層になっていた。

弾薬もないまま銃剣と銃を持たされ、飯盒の他は、竹籠が布袋に、水筒は瓢箪に変わっていく。
しまいには、銃剣述用の木銃と布袋と竹筒でやってくるようになる。

補充しても補充しても行き倒れていく中で、行軍途中の城郭を攻略しなければ先へ進めないこともしばしば。
弾薬がなく、銃剣しか武器がないので、銃弾が飛び交う中を走り進んで迫撃戦に持ち込んで制圧しながら行軍を続けた。
敵軍を制圧すれば、銃と弾薬と食料が手に入るので戦意は申し分なく、不思議な程戦闘での犠牲者が出なかった。

2,000km に及ぶ戦闘と行軍の末、柳州の航空基地にたどり着いた時には、既に米軍の姿はなかった。
米軍は、本土爆撃の拠点を移し、柳州の航空基地を退去した後だった。
弾薬は辿り着くまでの小競り合いの様な戦闘で等に尽きていた。

だが、他にするべきこともないので、軍命通り銃剣による迫撃戦で航空基地を制圧占拠して本土に連絡をし、迎えの部隊が到着するのを待った。


国民党軍相手なら、銃剣一本で航空基地まで制圧できるという当時の方が語った想い出話です。
途中、もっと凄惨な話が出てきますが、割愛いたしました。
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