Re: 侵略者 元
投稿者: maximirion 投稿日時: 2011/06/14 23:01 投稿番号: [69 / 517]
元はモンゴルですよ。中国がちゃんとやっつけて解放したのにこの時期に謝罪もせずに>
元々は、北方の騎馬民族や狩猟民族の地域に侵攻しては撃退されを繰り返していたんだよね。
で、文化的に垂らし込もうと朝貢ごっこを繰り返し、商人を送り込んで羊毛や羊肉や家畜糞などと交換で中華圏の特産品や書画などで毒していった。
そうこうする内に、草原の干ばつや寒冷化で食べるものが不足すると南下して食料や物資を求めるようになるが、商売に汚い商人が足元を見て騙すから略奪に合うようになったんだよね。
で、討伐だと大軍を派遣しても損害が大きい割には成果が上がらず、協定を結んで人質と毎年の支援物資を送ることで戦を避けて、長城を作ったんだったね。
北宋時代、宋や朝鮮半島の仇敵だった遼を吸収した女真族が北方へ攻め入り金国を建国すると、モンゴルに協力を求めて金を滅ぼした。
その際の約定を相互に破棄して戦となったから、最終的に宋が撃ち滅ぼされて元が統一王朝となったんだよな。
元をやっつけたのは、中国じゃありません。
そんなものは、当時存在しませんからね。
漢民族を中心とする中華文化圏のものの内、明教に帰依した義軍が農民から出世した朱元璋によって反朝廷勢力を纏め上げて崩壊寸前にまで追い込まれていた元朝廷を滅ぼし大明帝国を建国した。
数千年繰り返した歴史を一歩進めただけのことですね。
朝廷を挿げ替え国号を改め暦を再配布した。
それだけのことだというのが現政権のスタンスだよね。
だから、元王朝もモンゴル人もチンギスハンも中華文化圏の人にとっては誇るべき対象ですけど。
朝廷が腐敗すると、決まって民衆は虐げられるという歴史が繰り返され、そういう折に天災があると飢餓が蔓延するのがお決まりのパターン。
そうなると、政権交代をしなくてはという機運が広がって対等勢力があちこちで旗揚げする。
それらがやがて集約されると、勢力が弱まった朝廷は反抗勢力を統一した地方軍か、隆盛に至った関外の勢力に取って変わられるのが正しい在り方だったんだよね。
柵封国や朝貢国迄を中華国家では版図と称し、一体の勢力圏としていたね。
それはつまり、朝貢交流や柵封や爵封などの交流がある地域は、武力革命で朝廷を乗っ取る権利があったということ。
関外の勢力が朝廷となったのは、歴史上三度。
女真族※の金と蒙古族の元と満族の清だ。
※金の時代女真族はまだ満族に至っていない。
そういう数千年来の伝統ロジックに則って、清朝末期から易姓革命を目指して清国の版図の中から革命軍が勃興したんだよね。
その結果、最終的に踏破したのが現共産党政権。
中国がモンゴルから解放したなどと言う頓馬な物言いをしてると、現政権の正当性を揺るがす言動になりかねませんよ。
現政権が歴史的領土と言っているのは、各方角での歴史上最大版図を国境と目して言ってることですからね。
元々は、北方の騎馬民族や狩猟民族の地域に侵攻しては撃退されを繰り返していたんだよね。
で、文化的に垂らし込もうと朝貢ごっこを繰り返し、商人を送り込んで羊毛や羊肉や家畜糞などと交換で中華圏の特産品や書画などで毒していった。
そうこうする内に、草原の干ばつや寒冷化で食べるものが不足すると南下して食料や物資を求めるようになるが、商売に汚い商人が足元を見て騙すから略奪に合うようになったんだよね。
で、討伐だと大軍を派遣しても損害が大きい割には成果が上がらず、協定を結んで人質と毎年の支援物資を送ることで戦を避けて、長城を作ったんだったね。
北宋時代、宋や朝鮮半島の仇敵だった遼を吸収した女真族が北方へ攻め入り金国を建国すると、モンゴルに協力を求めて金を滅ぼした。
その際の約定を相互に破棄して戦となったから、最終的に宋が撃ち滅ぼされて元が統一王朝となったんだよな。
元をやっつけたのは、中国じゃありません。
そんなものは、当時存在しませんからね。
漢民族を中心とする中華文化圏のものの内、明教に帰依した義軍が農民から出世した朱元璋によって反朝廷勢力を纏め上げて崩壊寸前にまで追い込まれていた元朝廷を滅ぼし大明帝国を建国した。
数千年繰り返した歴史を一歩進めただけのことですね。
朝廷を挿げ替え国号を改め暦を再配布した。
それだけのことだというのが現政権のスタンスだよね。
だから、元王朝もモンゴル人もチンギスハンも中華文化圏の人にとっては誇るべき対象ですけど。
朝廷が腐敗すると、決まって民衆は虐げられるという歴史が繰り返され、そういう折に天災があると飢餓が蔓延するのがお決まりのパターン。
そうなると、政権交代をしなくてはという機運が広がって対等勢力があちこちで旗揚げする。
それらがやがて集約されると、勢力が弱まった朝廷は反抗勢力を統一した地方軍か、隆盛に至った関外の勢力に取って変わられるのが正しい在り方だったんだよね。
柵封国や朝貢国迄を中華国家では版図と称し、一体の勢力圏としていたね。
それはつまり、朝貢交流や柵封や爵封などの交流がある地域は、武力革命で朝廷を乗っ取る権利があったということ。
関外の勢力が朝廷となったのは、歴史上三度。
女真族※の金と蒙古族の元と満族の清だ。
※金の時代女真族はまだ満族に至っていない。
そういう数千年来の伝統ロジックに則って、清朝末期から易姓革命を目指して清国の版図の中から革命軍が勃興したんだよね。
その結果、最終的に踏破したのが現共産党政権。
中国がモンゴルから解放したなどと言う頓馬な物言いをしてると、現政権の正当性を揺るがす言動になりかねませんよ。
現政権が歴史的領土と言っているのは、各方角での歴史上最大版図を国境と目して言ってることですからね。
これは メッセージ 23 (dogumatisi さん)への返信です.
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