二枚舌の変節漢 原口一博
投稿者: yume_sarasa1211 投稿日時: 2010/08/18 00:27 投稿番号: [4412 / 5255]
二枚舌の変節漢・原口一博
■岡田代表、私は参拝します。(民主党代議士の憂国宣言)
『諸君 ! 』文藝春秋, 2005/8より一部抜粋
★「靖国神社参拝」が「戦争礼賛」につながるとか、あるいは「過去の戦争の
正当化」であるという批判がありますが、参拝するという行為の目的に照らして
考えると、全くの誤りではないかと疑問をもちます。
★何故、靖国神社に参拝することが、戦争を賛美したり、
歴史に目をそむけたりすることになるのでしょうか ? そこに、ある種の
短絡があり、政治的な意図があることを見過ごしてはならないと考えます。
★戦争で犠牲になった方々に鎮魂の祈りを捧げることが、歴史認識の欠如と
されることには、大きな誤解があります。祀るという行為は、崇め讃えると
いうことと同義ではありません。
日本においては古来より、荒ぶる魂を祓い和らげることは、
すなわち鎮魂と平和創造への「日常」であったのではないでしょうか。
★信教の自由に基づく個人としての宗教行為を他者の価値判断により、
止められる理由はありません。
この自由は、国会議員としても同様であります。
思想・宗教の自由がその人の立場において、変わるとの立場をとっていません。
★中国はじめ近隣諸国との関係を懸念して「何故、今の時期に靖国参拝か」
との問いが私の元にも寄せられました。
しかし、うわべをつくろっただけの理解では、真の友好はないと私は考えています。
その意味で、一部の勢力が靖国神社への参拝を執拗に愚弄するのには、
憤慨を通り越して呆れるというほかありません。
決して戦争を正当化したり、さらなる戦争を謀ったりというわけではないのに、
英霊にお参りするという、日本人なら誰でも持っている内心の問題に土足で
踏み込まれるのは、けして愉快なことではありません。
歴史を正視することでしか、国の繁栄と国際社会における名誉ある地位は
生まれません。
★これまでの平和支援国家としての歴史を否定するとんでもない発言で、
このような「自虐的史観」「誤った認識」が無用の混乱を他国にも
与えているのではないかと思います。
★政治的意図から反靖国論を展開している事実を見落としてはいけないにせよ、
そもそも唯物論者が、日本人の風土や宗教観を理解するのは、無理な話かもしれません。
「宗教はアヘン」というマルクスの言葉を信じ神の存在を認めない唯物論者たちに、
鎮魂やお祓い云々といった神道、日本文化の真髄をいくら説明しても
厳しい認識の壁があるのは厳然たる事実です。
★相手の主張をそのまま受け入れて、オウムのように繰り返し言うことは、
誰にでもできます。
それは代弁屋であって、政治家としては失格です。
★新たな追悼施設を、そもそも他の国の元首が言及するというのは、
どういう意味でしょうか。
靖国神社に代わる追悼施設が、そもそも存在しうるのでしょうか。
真の対話は事なかれの姿勢からは生まれません。
自らの文化や伝統を語ることなく、友好を築くことはできません。
「宥和外交が対立を深めた」ことを反省し、「毅然とした外交を展開」するために、
外交の戦略基盤強化が求められています。
――了――
つづく
.
■岡田代表、私は参拝します。(民主党代議士の憂国宣言)
『諸君 ! 』文藝春秋, 2005/8より一部抜粋
★「靖国神社参拝」が「戦争礼賛」につながるとか、あるいは「過去の戦争の
正当化」であるという批判がありますが、参拝するという行為の目的に照らして
考えると、全くの誤りではないかと疑問をもちます。
★何故、靖国神社に参拝することが、戦争を賛美したり、
歴史に目をそむけたりすることになるのでしょうか ? そこに、ある種の
短絡があり、政治的な意図があることを見過ごしてはならないと考えます。
★戦争で犠牲になった方々に鎮魂の祈りを捧げることが、歴史認識の欠如と
されることには、大きな誤解があります。祀るという行為は、崇め讃えると
いうことと同義ではありません。
日本においては古来より、荒ぶる魂を祓い和らげることは、
すなわち鎮魂と平和創造への「日常」であったのではないでしょうか。
★信教の自由に基づく個人としての宗教行為を他者の価値判断により、
止められる理由はありません。
この自由は、国会議員としても同様であります。
思想・宗教の自由がその人の立場において、変わるとの立場をとっていません。
★中国はじめ近隣諸国との関係を懸念して「何故、今の時期に靖国参拝か」
との問いが私の元にも寄せられました。
しかし、うわべをつくろっただけの理解では、真の友好はないと私は考えています。
その意味で、一部の勢力が靖国神社への参拝を執拗に愚弄するのには、
憤慨を通り越して呆れるというほかありません。
決して戦争を正当化したり、さらなる戦争を謀ったりというわけではないのに、
英霊にお参りするという、日本人なら誰でも持っている内心の問題に土足で
踏み込まれるのは、けして愉快なことではありません。
歴史を正視することでしか、国の繁栄と国際社会における名誉ある地位は
生まれません。
★これまでの平和支援国家としての歴史を否定するとんでもない発言で、
このような「自虐的史観」「誤った認識」が無用の混乱を他国にも
与えているのではないかと思います。
★政治的意図から反靖国論を展開している事実を見落としてはいけないにせよ、
そもそも唯物論者が、日本人の風土や宗教観を理解するのは、無理な話かもしれません。
「宗教はアヘン」というマルクスの言葉を信じ神の存在を認めない唯物論者たちに、
鎮魂やお祓い云々といった神道、日本文化の真髄をいくら説明しても
厳しい認識の壁があるのは厳然たる事実です。
★相手の主張をそのまま受け入れて、オウムのように繰り返し言うことは、
誰にでもできます。
それは代弁屋であって、政治家としては失格です。
★新たな追悼施設を、そもそも他の国の元首が言及するというのは、
どういう意味でしょうか。
靖国神社に代わる追悼施設が、そもそも存在しうるのでしょうか。
真の対話は事なかれの姿勢からは生まれません。
自らの文化や伝統を語ることなく、友好を築くことはできません。
「宥和外交が対立を深めた」ことを反省し、「毅然とした外交を展開」するために、
外交の戦略基盤強化が求められています。
――了――
つづく
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