イスラエル/パレスチナ和平

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疑問です。

投稿者: choimachi3 投稿日時: 2000/11/15 12:58 投稿番号: [984 / 20008]
  久しぶりに投稿します。熱い関心を持って見ている人達が結構いるんだな。勉強になります。

ちとここで恐れながら一石を投じてみたいと思います。

まず、
  47年国連によってアラブ・ユダヤ2分割決議の時、ユダヤ側に57%も割り当てられ、ユダヤは強引な侵略をしてきたと非難しておられた方が多数いた気がする。
  1922年当時、パレスチナ領とは、現イスラエル・現ヨルダン・ガザ・ウエストバンク等ひっくるめたものだった。国連はパレスチナとユダヤの繋がりを加味した上で、統治国であるイギリスにユダヤ人入植を奨励。同年イギリスは、ヨルダン川東岸(全パレスチナの77%)についてのパレスチナ領をアブデゥラ王(故フセイン王祖父)に与え、トランスヨルダンと名付けるがイギリス統治は続行。この地域についての入植は部分的にストップ。
  47年の分割決議は残り23%のヨルダン川西岸地域について行われた。
その間25年過ぎていたにせよイスラエル領は当時のパレスチナ領の1割強ということになる。“強引な侵略”という表現を使うには余りにショボイ数字ではないか?しかも入植奨励とあらば我先にと押し寄せるのは当然の帰結じゃないのかな?


  更に、第一次中東戦争においてエジプト・トランスヨルダンはそれぞれガザ・ウエストバンクを占領(奪回?)したが、パレスチナ人達に自治権を与えなかった。ここで疑問だが、かの戦争における主旨・目的は何処へやら?しかもパレスチナ人達は何らアクションは起こしていない。
  その後、トランスヨルダンはウエストバンクと併合してヨルダン王国となる訳だが、これを承認しているのはイスラエルとパキスタンのみ。
  更にヨルダンはPLOに対し活動ベースとなる敷地・訓練設備などを提供していた。7割近いパレスチナ人住民を持つヨルダンにとってPLOに寄せる熱狂的支持はフセインの権力基盤そのものを脅かしていた。その結果が“黒い9月”だ。5000人近い犠牲者が出たのにも関わらず、“互いの誤解から生じた悲しい出来事だ”で終わり。
  2000年前の入植・30年前の虐殺。非難の対象を間違えてはいないか?

  これらを見る限り、当時のパレスチナ人には国家意識とその概念を持ち得なかったのが“アラブの冷戦”の道具として弄ばれる悲劇を招いたと思う。
  どう解釈・分析されます?
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